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2009年08月22日

裏の支配勢力~その起源は?~

古代国家成立後、国家に蓄積される富を掠め取る「商人」が生まれた。商人の財産は、古代市場だけでなく近代市場、そして現代の金融市場を操る金貸しのさらに奥の院たる金主としての力を持っている可能性が高い。(従って彼らを「裏の支配勢力」と呼ぶ)
彼らが手を結んでその財力を行使すれば、基軸通貨であるドルと米債の大暴落もありうる。

この間、裏の支配勢力を暴く記事が多数アップされてきています。
そこで、彼らの出自と変遷について大まかな図解を描いてみます。
写真はスイス銀行の金塊です。
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■裏の支配勢力を暴く!その起源は? 大まかな図解
         <地中海>                 <メソポタミア>
4000年前                   ●ウル第三王朝(シュメール)
                          リンク
                          [穀物市場を操作しボロ儲けした一族]
3800年前                   ●古バビロニア王朝  
                          [ハムラビ法典:利子、船の賃借、保険の法も]
                          リンク リンク
         ギリシャ系海賊?      ●アッシリア王国         ↓
         【海の民】←押し出されて?←[遠征、オリエント制覇]     ↓
           ↓                            ↓
3200年前     ↓      ●フェニキア                ↓
  ~        → →   【フェニキア商人】  ← ← ←  ←  ← 
2800年前:国家は滅亡   [造船技術、アルファベットの原型、最初の商人]
                  リンク リンク
                     ↓
        ●ギリシャ諸都市     ↓アフリカの拠点都市
                     ↓         ●ペルシャ王朝
2700年前  ●ローマ帝国       ↓
2600年前    ↓        ●カルタゴ       
   ~       ↓       【カルタゴ商人】
2200年前:カルタゴ国家      [農耕派と交易派の抗争で交易派が勝利]
        は滅亡         [300人の貴族の支配、軍隊は傭兵] 
          ↓           リンク リンク  
         ↓    
           → → → 【カルタゴ商人】はイベリア半島へ
                   ↓
                   ↓ 【カルタゴ商人】はローマ国内で交易へ。
                   ↓ ↓    キリスト教を広めローマを弱体化させる
                   ↓ ↓ 【カルタゴ商人】はユダヤ人として国内で交易
                   ↓ ↓ ↓   [カナン人(フェニキア人)結社]
                   ↓ ↓ ↓
                 ●ベネチアに集結?
                 【ベニスの商人】 ex.「メジチ家」
                 リンク
                   ↓
                 ●スイス
900年前●西ローマ帝国        【テンプル騎士団】
           ↓   [ヨーロッパからイスラエルまで、掠奪、強盗、金貸し、保険]
           ↓       ↓
            → → →  放逐 → ●オランダ → ●スコットランド                                                               ↓
                  【バイキング】 → → →  ●イギリスへ
                    リンク

幹は、
シュメール→バビロニア→フェニキア→カルタゴ→ベネチア→スイス
で、国家の支配を巧みにかわしながら財産とノウハウを維持してきたようです。
by tamura

投稿者 nandeya : 2009年08月22日 List  

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コメント

日本は縄文時代から採集を主に、弥生以降は農業を生業としてきました。その生産基盤は女原理で、太古の昔から女も生産の主役として活躍してきたのでね。
おのずと、女性の勤勉さに感謝の念をいだきつつ、女の作る安定基盤を土台にして、男は重要な判断を下すといった双方の期待の中から充足した関係を維持してきたのだと思います。
男原理の強い狩猟を主としてきた西欧とは全く違った、男女共に勤勉な日本人の基礎は、女原理に基づいた「充足・安定・保守」の思いに培われてきたのでしょうね。

投稿者 犬 : 2009年10月3日 15:22

>男性も家事をすることが求められています。それは女性からみて男性が十分に期待に応えていないからではないでしょうか。
 女性がせっせと働いているのに、家で何もしないでいると、何か後ろめたさを感じてしまうのは、女性からの期待に十分に応えていないと感じてしまうからかもしれませんね。
 「男女の役割規範」をもう一度固定しないと、男女ともに中途半端な役割しか果たせそうにない気がしてきました。

投稿者 カッピカピ : 2009年10月6日 22:32

採取時代の女性がなぜ勤勉なのか?
ちょっとこれを追求してみたくなりますね。
メスが基本的に勤勉と決め付けるより、オスメスの役割分化の中で考えた方がよいように思います。サル、極限人類の時代に刻印されていたメスの役割不全はかなり大きく、弓矢の発明によって安全域を獲得した採取時代以降に始めてメスの役割不全が解消した・・・。そういう見方はできないでしょうか?
闘争役割と生殖役割に特化して進化した人類史ですが、その意味で採取時代のメスとはどのような能力を伸ばしていったのか、また集団におけるメスの役割とはどのように変化していったのか?縄文ブログの今後の追求を考える上でこの投稿はヒントになります。

投稿者 tano : 2009年10月7日 00:11

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