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2021年06月17日

縄文の新しい認識(3)葬儀とは再生の儀式・土葬は母胎子宮への回帰。

ネリーナウマンから大島直行氏の縄文人への視座について、過去の2投稿を新しい認識(1) , (2)と題します。今回は(3)回目を投稿します。しばらくシリーズで続けていきますので期待下さい。

文化は伝播する。例えば東アジアで入れ墨の文化があればそれが日本の縄文時代にも移行し、その後の縄文―日本の慣習として定着する。土器もしかり、古墳もしかり、とおおよそ考古学や古代史の歴史家は文化伝播論で歴史を分析し語るのが得意です。しかしそれだけでしょうか。今回も大島直行氏の「月と蛇と縄文人」から紹介します。

お墓の作り方、死者に込めた(生の)意味は古代人は遠く離れていても同様で人は死ねば土に埋めるというのが極、当たり前の慣習でした。ではなぜ埋めたのか?それを今回は考えてみたいと思います。文化の伝搬論では切れない根源的で人類共通の思想があります。

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人はなぜ死者を穴の中に埋めるのかーーー。
考古学長い歴史の中で、その問題について議論されたことはあったでしょうか。
私の知るかぎり、日本はおろか世界の考古学者の中でもこの問題が議論されたことはありません。
エリアーデは、コロンビアのコギ族の間で営まれた16歳の少女の葬儀の様子を詳細に記述した報告を「世界宗教史Ⅰ」の中で紹介しています。この葬儀は1966年に行われたものです。

「墓所の選定ののちにシャーマンは一連の儀礼的身振りを行い、次のように宣言する。
”ここは死の里である。ここは死の祭りの館である。ここは子宮である。私は館を開こう。館は閉ざされている。私はそれを開こうとする”(中略)男たちは墓穴の掘るべき位置を示し、退場する。墓の底に緑色の小石、貝殻、巻貝が置かれる。ついで、シャーマンが重すぎリという印象を与えながら、死体を持ち上げようとする。そして9回目にやっと成功する。この葬式は2時間に渡って営まれた」

エリアーデはコギ族は「世界―宇宙母神の子宮―とそれぞれの村、祭りの館、家、墓を同一のものと、見なしている。シャーマンが死体を9回持ち上げるのは妊娠期間の9ヶ月を逆に遡り、死体を胎児の状態にもどすことを意味する」というのです。

 縄文人が死者を穴に埋めるのは、合理性や衛生上の理由からではなく、大地に墓としてデザインされた子宮=母の体内に遺体を帰すという意味が込められているのではないでしょうか。なぜ母の体内に帰すのかといえば、もちろん「再生」させるためです。縄文人はそうして1万年間にわたって、子宮に見立てた穴を大地に掘り、葬儀を行ってきたのではないでしょうか。

 民俗学者の吉野裕子氏は沖縄の御嶽を考察する中で私と同様な印象を述べています。
「連想好きな私どもの祖先は、人間の死を人間の生誕の逆の方向からとらえて、死者を母の胎に象ったところに納め、そこから常世の国に送り出す、新生させることが出来ると信じたのではなかろうか。その場合の母の胎はもちろん人工的なもので、この疑似母胎がつまり墓所である。海岸の岩窟も、山裾の空地も、各所の洞穴も古代人によって母の胎になぞらえた墓所であった。」
吉野はさらに、沖縄には「人は死んで女性の胎を通って元に帰る」という「帰元思想」があり、また「人間は2寸に4寸の穴からでて2尺と4尺の穴に入る」という言葉があるという。

 縄文人も、お墓を子宮になぞらえたのだと思います。八重山と同じような「帰元思想」によるものでしょう。しかしこれは、何も八重山の文化が縄文文化に伝播したり、あるいはその逆であったりしたのではなく、人間が根源的な思考方法として持っている隠喩や換喩といったレトリックを使っているからに他ならないのです。文化伝播論だけでは決して縄文文化の精神性を読み解くことはできないと私は思います。

投稿者 tanog : 2021年06月17日 List  

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