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2019年01月24日

「縄文体質は次代の人類の可能性!」第6回~地方再生・自然との共存

第6回(最終回)は地方再生・自然との共存を扱います。

都市の肥大化、地方の過疎化は、個々人の私権追求結果招いた現代社会の構造です。欧米に追いつけ追い越せはもう過去の話です。

グローバル化の波は、都合のよい大企業のみを潤わせ、格差を生み、各国とも国民から不平不満が充満し、ロシアをはじめとして民族主義化の流れを加速させています。

豊かになった先進国、特に日本は私権追求の活力を完全に喪失し、今や世界一活力の無い国家となってしまっています。

もはや、資本主義、民主主義をこれ以上続けていては未来の展望は全く見えない状況になっています。世界中がかかえるこの先行き不透明な不安感を突破できる可能性を秘めているのは、縄文気質を残存させる日本が、その潜在能力を発揮させることにかけるしかないのではないでしょうか。

日本には、かつて惣村という自治組織があり、自らの生きる場を自らつくる集団を持っていました。 縄文時代から脈々と受け継がれてきた自然との共存の意識も、これからの社会に適応してゆく大きな武器になると思われます。

今回はこうした自治意識、自然共存意識にスポットを当て、次代を生き抜く可能性を探っていこうと思います。

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【地域共同体が持つ可能性を探る~地域とは何か、その歴史とは・・・。】http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=298219

地域を一旦定義するとすれば「自分達の生きる場を自分達で作る」という事で、地域と自治は不可分なものとして存在するのではないかと私は思っている。

地域を遡ると縄文時代にまで行きつく。縄文時代の地域とは共同体同士の繋がりである。 黒曜石や土器を贈り合い、互いに交流をする事で広域の地域が情報や人材で繋がっていく。縄文時代の地域とは海洋を使った広域のネットワークだった。これが日本で最初に登場した地域意識だろう。しかし当然、彼らは自分達の生きる場を自分達で作るなどという意識も言葉も持ち合わせていなかった。それでも実態は生きる事が自分達の集団を持続させる事であり、集団と個人は不可分な存在だった。

そこに渡来人が持ち込んだ国家、支配者、それらによる律令という制度が突然加わっていく。奈良時代から平安時代にかけて縄文時代の集落はばらばらの家族集団に解体され、人頭税が加えられ、あるいは荘園という中に労働者として組み込まれた。 彼らが改めて自分の地域という意識を持つようになったのが鎌倉時代後半から登場した惣村という集合体だった。小作農の登場によって誕生した惣村は現在に繋がる農村の原形となっており、それが現在の地域意識の原形を作っている可能性がある。

この惣村の登場で日本人は初めて「自らの生きる場を自ら作る」という行動をし始めた。 惣村は登場して数世紀後には武士集団にもまさる力を持つ事になる。土一揆、一向一揆といった反政治の行動である。荘園制度が崩れ、最も秩序が崩壊した時に自然発生的に登場した「惣村」によって縄文以来残ってきた、日本人のネットワークの意識が再生したのではないだろうか?

縄文時代は無意識に自然に作り出していた自治の力が「惣村」によって再生された、そして現在、改めて「惣村」を作ったときの日本に似た、或いはそれ以上の秩序崩壊の状況が現れている。さらに現在の秩序崩壊は単に制度の崩壊だけではない。これまで世界中で正しいとされていた資本主義や民主主義さらにはそれらを作り上げてきた私権社会の枠組みが根底から崩れかけている。一刻も早く新たな秩序、仕組みを作らなければ社会はもたない。

そういう状況が徐々に明らかになる中で、国家にいいようにやられて、黙って受け入れなければならない人々の意識が向かっているのが地域であり、新しい集合体なのだと思う。

【自然災害が日本人のやさしさを作った】http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=290521

ポイントは次のようなことである。異民族間の戦争の歴史の中で生きてきた大陸においては、信頼を前提とした人間関係は育ちにくい。戦争と殺戮の繰り返しは、不信と憎悪を残し、それが歴史的に蓄積される。一方日本列島では、異民族による殺戮の歴史はほとんどなかったが、自然災害による人命の喪失は何度も繰り返された。しかし、相手が自然であれば諦めるほかなく、後に残されたか弱き人間同士は力を合わせ協力して生きていくほかない。こうした日本の特異な環境は、独特の無常観を植え付けた。そして、人間への基本的な信頼感、優しい語り口や自己主張の少なさ、あいまいな言い回しは、人間どうしの悲惨な紛争を経験せず、天災のみが脅威だったからこそ育まれた

地震を筆頭に 日本の自然は不安定であり、いつも自然の脅威にさらされてきた。それが日本人独特の 「天然の無常観」を生んだ。自然が猛威を振るうと、ある種のあきらめの状 態のなかで耐えるほかない。しかしそれは悲観的で絶望ではなく「天然の無常」ともいうべき自然感覚による、自然への対処だった。

「日本人は甚大な被害を与える大地震・大津波が何度も繰り返される歴史のなかで、深い悲しみを乗り越え『すっぱりと過去への執着を断ち切り、気分を一新して新しい世の建設へ向かう』という、「前向きの忍耐」を余程のことしっかり根付かせてきたのに違い。今回の東日本大震災で、多数の被災者・救援者の方々に共通に見られる対処の姿勢から、私は強烈に教えられた。」

日本文化は基本的に受け身をモットーとする文化だ。受け止める力によって、造り直して足場を固め、前へと進む反復する力が、日本文化を形成してきた。日本文化は、天災であれ海外から来る先進文化であれ、外部からくるものを押しのけて排除するのではなく、しっかり受け止め、取り込むことで前へと前進していくエネルギーを常に保持してきたし、これからも保持していくだろう。であるなら日本の未来は明るい。

【江上波夫「提言・日本人の多様性と統一性」より4~縄文文化が生み出した日本民族の統一性】http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=217137

日本人の多様性の基になる多様性そのものが、またいろいろとあって、それらが複雑にからみ合っています。だから「これが日本人だ」とはなかなか言い切れない。それだけに日本には、いろいろな可能性をもつ人間が育ち得る条件や環境が備わっていたと思えるのです。ところが、それにもかかわらず、日本人は早くから確固たる統一体としても存在しました。

日本人はわりあいに早くから一つの民族になりました。東アジアのなかで中国を除けば、統一国家をつくったのは日本がいちばん早いのではないか。早くから統一されたということで、民族感覚、国民意識の統一性が生まれたと思います。

民族感覚の特微として、北から南まで、たとえば自然に対して同じように親しみをもつとか、自然を生活のなかに取り入れるとかいうことがあります。自然といちばん密着して生きているのは狩猟・漁撈・採集の民族ですが、日本の場合でも、やはり長い縄文時代に狩猟・漁撈が生活の基盤として存在し、北から南までほぼ同じような文化をもっていたから、自然に親しい関係が伝統的になったと思われます。日本人の基底にはそういう基盤があって、統一性を形成した大きな要素になっているのではないでしょうか。

【農協に代わる新しい統合ネットワークと農・食の再生】http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=299840

日本の農・食は、戦後一貫して村落共同体の崩壊/農業生産基盤の崩壊と秩序崩壊が進んできた。さらに、近代農法(化学肥料・農薬・F1種)による農地荒廃、自由化による生産崩壊、集団解体がもはや限界とも言えるレベルまで崩壊している。言うまでもなく、戦後一貫して市場拡大と私権欠乏を加速させた農協・農水省・アメリカの病巣によるものである。

農・食の秩序崩壊とも言える大転換期の中で、ますます暴走する政府・官僚・マスコミはもはや放ってはおけない。自給・自考志向の潮流の顕在化により、農業経営体の増加、耕地面積の大規模化、直売所の増加、農薬減少など、草の根的に農業再生の機運が高まっているがより一層加速させていく必要がある。

農・食の再生は、いわば人類・集団の最基底部の再生を意味しており、中長期的な目標としては、自給自足・自然の摂理に根ざしたネットワーク形成が目指すべき姿と言える。そのためには、地域共同体の再生が不可欠である。

現在は、農再生の萌芽として、地域・企業個別の最先端の取り組みは見られるが、それらを収束・統合するネットワークがない。すなわち、近代農法を推し進めてきた農協・農水省に代わる、集団・地域を超えた新しい農・食の統合ネットワークこそが大きな課題だ。これは、個別的な農家では限界があり、組織力・認識力・経済力のある『企業』こそが、ネットワーク形成を先導していくべきであろう

その統合ネットワークは、生活と産業を支えるいわば行政機能に近いかたちであるが、その前駆形態として存在する。やがて企業という枠組みを超えて、地域を共同体化するための組織体として自治機能が働くだろう。

また、歴史や自然に根ざした農法の伝承や、最先端の農法を支援・高度化することが必須である。そのためには地域の志ある仲間を発掘し団結していく必要がある。それは生産者に限らず、取引関係を超えた協働関係の構築が必須であり、追求共認の『場(事業)の創出』が課題となるだろう。

これからは、海外の機械化され骨抜きにされた野菜を輸入するのではなく、自然本来の力を活かした農法と集団こそが守るべきものである。統合ネットワークをつくり、共同化による経費削減、追求共認識による品質向上によって儲からない農業というレッテルをはがし、『勝てる農家の育成』へとつながっていくはずだ。

秩序崩壊は待ったなしで人々の意識は『実現』へと一直線に向かっている。農・食の新しい事業戦略を実現するための時代に突入することは間違いない。

【若者が注目を集める農業・林業・漁業の可能性】http://bbs.kyoudoutai.net/blog/2018/08/6128.html

AI技術の発達や、IT企業の躍進等、一見若者は所謂IT業界に可能性を見ているように取られがちですが、  実は昨今、農業や林業そして漁業にも注目をする学生が増えています

まずは農業 ここ数年20~30代の若者が増えているといいます。  『農』というものは、人類が生き残る上でなくてはならないもの。 あるデータによると、ここ数年は毎年49歳以下の新規就農者数が2万人を超えているといいます。

震災以降、改めて食の安全・安心、そして『お上に頼らず、自らの力で生きていく』という自給思考の高まりが顕著になり、新規就農者数が増えているのだと思います。  就農した若者は、サラリーマンからの転職者が多いと言われており、これまでの「仕事=辛いもの・生きていくためにしょうがなくやるもの」という古い概念から、「働く=傍を楽にする」という新しい可能性へ向かっています

次に林業  実は林業も近年若者の新規就業者数が増えている業界の一つです。  林業も農業に負けず劣らず、「キツイ・危険」のイメージが先行し、「若者に人気がない」というレッテルを貼られがちですが、これももう古い話。  実は、林業における35歳未満の就業者割合は、1995年に9.9%だったものが今では15%を超えるまでに上昇しているそうです。  林業大学校と呼ばれる学校も、2011年には全国で6校しかなかったものが、今では14校にまで増えています。 ロボット技術の発達等により、安全性や効率が向上しているということや、バイオマスの技術革新が進んでいるという要因もあるでしょう。  一方で、木造建築物が年々増え、日本人の奥底にある『木』への可能性収束が顕在化してきている面もあるのではないでしょうか。 コンクリートジャングルとまで言われる都市に住み、健康を崩す人も多い中で、日本人が古来より建材として使い、力を借りてきた『木』というものへと、収束していくのは自然なことなのかもしれません。

そして、漁業  漁業も、年々5~6%の割合で15~24歳の就業者数が増えているそうです。  研修施設の増加や、スマホによる情報の広まり、そして漁獲から加工・販売までを行う所謂6次産業という新しい生産のカタチの登場等様々要因はありそうです。

漁業もまた、新3Kとして『かっこよくて・稼げて・革新的な』というフレーズを打ち出しています。

若者に響くのは特に3つ目の『革新的な』の部分でしょう。

どんな業種でも生き残り競争が激化する中、求められるのは『変革』  変革とはただ目新しいものをつくるのではなく、変わりゆく社会に常に適応し続けていくことではないでしょうか。 そしてそれをお上に任せるのではなく、自らの手で実践していくこと。 それこそが、これからの社会を生き残っていく可能性で、若者はすでに『脱常識⇒変革』へと、意識が向かっています。

投稿者 tanog : 2019年01月24日 List  

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