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2008年01月11日

縄文~弥生~現代の骨格変化:肉体破壊への道

考古の世界では、よく人骨が出土しますね。僕自身の実感ですが、この人骨を初めとする出土品というものから、どのようなことが得られるのか 考古素人の自分にとっては、なかなかその辺が構造化できていません
そんな迷いの中で、たまたま人骨に関する面白い説があったので、今日はそれを紹介してみたいと思います。
現代にも警笛を鳴らす、面白い説であると思います
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日本人の骨格は、2回劇的に変化している
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今日、紹介する説は、「日本人の起源 中橋孝博著」の”小進化説”です。縄文時代から現代に至る骨格の変化を根拠とする興味深い説です

東京大学の鈴木尚もまた、長谷部の時代には乏しかった人骨資料をはるかに充実させ、縄文時代から現代に至る人骨の時代変化を明らかにして自説の基軸とした。
弥生人骨こそ少数に終わったが、鈴木はこれら関東一円で収集した豊富な資料をもとに、数千年間におよぶ時代変化の様相を具体的に描き出した。(それが、※冒頭の写真です)
頭示数:頭の横幅を前後長で割って求めた数値
鼻根彎曲示数:鼻筋が通っているかどうかを示すもの

こうした分析の中で鈴木が特に注目したのは、日本人の骨格形態の変化には二つの激変期が見られること、しかもそのれが文化的な変化とも連動している点であった。
特に、弥生時代と明治以降の文明開化の時期に折れ線が大きく動いていることが見て取れよう。例えば、弥生時代には高身長化と同時に、鼻骨が一気に扁平になっているし、明治以降には、より著しい高身長化と短頭化が起きているが、それらはまた、各々、狩猟採集生活から稲作農耕へと生活基盤が急変した時期と、長い鎖国が解けてさまざまな先進西洋文明が一気に流入した時期に一致しているのである。

人類の骨という見方であるならば、社会構造の変化。生物史としてみれば、外圧の変化。渡来人との混血等の説もあるようですが、やはり社会構造や外圧の変化と考えた方が自然ですね さらに、次の話は江戸時代ですが、とても面白い

鈴木はさらに、東京芝の増上寺に埋葬されていた歴代の徳川将軍の遺骨を詳しく調べ、わずか数代のうちにひどく特異な変化が起きていることを突き止めた。日本人は時代とともにおおむね高・狭顔、高鼻へと進化してきたが、将軍はその顔の輪郭も鼻の形も現代人の平均をはるかにしのぎ、超現代的とも言える極端な細面、狭鼻に変化していたのである。なぜ、こんな急激な変化が起きたのか、そのヒントの一つは顎や歯にあった。現代人でも年輩になれば歯の磨耗が進んで表面のギザギザがなくなっていくのが普通だが、しかし後代の将軍の歯をみると、かなりの年輩で死亡したはずなのに、若い時と同様、ほとんど磨り減っていなかった。
つまり、幼い頃から過保護な環境で育ったため歯を磨耗させるような硬いものをほとんど食べたことがないらしく、おかげで顎がひどく脆弱化して、それが顔幅の減少を引き起こしたものと考えられる。さらには、将軍は婚姻相手としてしばしば細面の女性が多い京都の貴族階級の娘を選ぶことが多かったが、どうやらその遺伝的な影響もおよんだらしい。つまり、食生活を始めとする特殊な生活環境に置かれ、選択的な偏った婚姻を続ければ、人間の骨格形態はこのようなわずかな期間で急変することが示されているのである。

現代社会でも、子供の運動能力の変化や骨格の脆弱性が叫ばれています。まさに、過保護になると将軍のようになってしまう。私権という権力を手に入れ、自らはなんの苦労もなく肉体は弱くなっていく感じがします。さらに、婚姻もその一因をなしている。社会構造そのものが人の骨格を変えているのです。
改めて、現代的な意識に繋げたいと思います。るいネットの実現論より
ロ.肉体破壊・精神破壊と市場の拡大停止
縄文から弥生に入り、戦乱が起こり王朝が成立した。明治文明開化で西洋文明が一気に浸透、市場が拡大し始めた。日本が弥生から私権時代に入ったとすれば、そこから肉体破壊への道が始まった…骨格の変化はそれを如実に示しているのではないでしょうか
さーねでした
参考:縄文・弥生論争への視点
参考図書:日本人の起源 古人骨からルーツを探る 中橋孝博著 講談社選書メチエ

投稿者 sawatan : 2008年01月11日 List  

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コメント

>縄文人が渡来弥生人に飲み込まれていったのは、彼らは「自然の摂理」は対象化できたが、そこに立脚した超集団の統合原理を観念化できなかったからなのでしょうか?
なぜできなかったのでしょうか?
自然の摂理に立脚した超集団の統合原理ってナンなんでしょう?ぜひ追求を!

投稿者 tano : 2008年2月11日 22:37

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