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2014年11月25日

地域再生を歴史に学ぶ~プロローグ「なぜ今、地域が求められるのか」

地域再生、地域ニュース、地域おこし、地域創造、地域自慢、地域振興券、地域自治など地域というキーワードで出てくる言葉はいずれも変化や可能性を感じさせる言葉群です。
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それに対して国家や市町村という区分は画一的で硬いイメージを与えます。
また、地域といった時にその範囲は関西や東北といった広域から市町村といった単位、さらには地元という意味で集落や地区といった小さい単位までさまざまにあります。
もちろんアジアや北欧といった大きな集合体も地域として呼ばれます。しかし私たちが地域としてイメージし、可能性を感じるのは共通の空間を理解できる”地元”という言葉が最も近いと思われます。アメリカの地理学者ホイットルセーによると地域とは「何らかの意味での一体性をもつ地表の広がり(範囲)」であるとしますが、”地表”という言葉より”社会空間”と言い換えた方がしっくりきます。 ”自分達の生きている場”という意味で”地域”という言葉がしっくりくるのです。

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近年、地域論や地域意識が強まっているように感じますが、これはどういうことでしょうか?

国という強制権力に対するアンチとして登場しているようにも思います。また一方で国には任せられない、自分達の生きる場を自分達で作るという意識が作り上げているようにも思います。そして、日本全体が急速に都市化し、かつては存在した地域共同体へのノスタルジーとして現れているのかもしれません。しかし昨今起きている地域の再生は、大きな流れで見ると社会不安や秩序崩壊から人々が再び何らかの緩やかな共同体として集合していこうとしている、ほとんど無意識の中での動きなのだと思うのです。私たちが地域と聞いたときに感じる落ち着いた感覚やそこから拡がる可能性はそれらの潮流と合致しているからに違いありません。

改めて日本社会において地域とは何でしょうか?
地域意識とはどのように生まれ、何を基盤にしているのでしょうか?かつては明確にあった地域共同体、田舎、農村といった帰属集団の成り立ちやその存在基盤を歴史を遡って見ていく事で、現在私たちが求めている地域への意識が見えてくるように思います。

地域を一旦定義するとすれば「自分達の生きる場を自分達で作る」という事で、地域と自治は不可分なものとして存在するのではないかと私は思っています。
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リンクよりお借りしました。

地域を遡ると縄文時代にまで行きつきます。
縄文時代の地域とは共同体同志の繋がりです。
黒曜石や土器を贈り合い、互いに交流をする事で広域の地域が情報や人材で繋がっていく。縄文時代の地域とは海洋を使った広域のネットワークでした。これが日本で最初に登場した地域意識なのです。しかし当然、彼らは自分達の生きる場を自分達で作るなどという意識も言葉も持ち合わせていません。それでも実態は生きる事が自分達の集団を持続させる事であり、集団と個人は不可分な存在でした

そこに渡来人が持ち込んだ国家、支配者、それらによる律令という制度が突然加わっていきます。奈良時代から平安時代にかけて縄文時代の集落はばらばらの家族集団に解体され、人頭税が加えられ、あるいは荘園という中に労働者として組み込まれました。
彼らが改めて自分の地域という意識を持つようになったのが鎌倉時代後半から登場した”惣村”という集合体でした。小作農の登場によって誕生した惣村は現在に繋がる農村の原形となっており、それが現在の地域意識の原形を作っている可能性があります

この惣村の登場で日本人は初めて「自らの生きる場を自ら作る」という行動をし始めたのです。
惣村は登場して数世紀後には武士集団にもまさる力を持つ事になります。土一揆、一向一揆といった反政治の行動です。しかし、荘園制度が崩れ、最も秩序が崩壊した時に自然発生的に登場した「惣村」によって縄文以来残ってきた、日本人のネットワークの意識が再生したのではないでしょうか?

縄文時代には無意識に自然に作り出していた”自治”の力が中世に「惣村」によって再生されました。そして現在、改めて「惣村」を作ったときの日本に似た、或いはそれ以上の秩序崩壊の状況が現れています。さらに現在の秩序崩壊は単に制度の崩壊だけではありません。これまで世界中で正しいとされていた資本主義や民主主義さらにはそれらを作り上げてきた私権社会の枠組みが根底から崩れかけているのです。一刻も早く新たな秩序、仕組みを作らなければ社会はもたないところまで来ています。

そういう状況が徐々に明らかになる中で、国家にいいようにやられて、黙って受け入れなければならない人々の意識が向かっているのが地域であり、新しい集合体なのだと思います。
決して惣村の方法論が参考になるわけではありませんが、課題にぶちあたる度に縄文のDNAを拠り所に社会を模索してきた日本人を今一度、歴史を振り返って見ておく必要があるのではないでしょうか?

そういう課題意識で今回の「地域再生を歴史に学ぶ」を扱っていきたいと思います。

以下、本シリーズの構成です。
1)縄文時代に”地域”はあったか?
2)律令制と荘園制度の中で消えた地域
3)惣村は縄文の再来か?
4)一揆は集団自我か地域の力か?
5)国に組み込まれた地域社会”江戸”
6)現在の”地域”は何処へ向かう

世にまだ出ていない新たな「地域論」になるのではないかと期待しています。

投稿者 tanog : 2014年11月25日 List  

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