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2022年06月16日

“死”が身近なものであった縄文人

こんにちは、今回は縄文人の死生観について追及していきます。

現代では“死”は忌み嫌われるものであり、生者を「この世」死者を「あの世」と分けて考えることが当たり前になっている。
では、火葬が一般的ではなく、埋葬という形で故人を弔っていた(死者と肉体的距離が近かった)縄文人はどのように死と向き合っていたのか。

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■縄文における葬儀方法
・6世紀後半ごろには火葬を行っていたという痕跡が出ているが、それまでは基本的に土葬を行っていた。

■縄文人の死生観
・死や死者を恐れていなかった。
⇒「再生・循環」の観念
現代人にとって死は”消える””無”のイメージを持つが縄文人は“還る”というイメージを持っていた。
自然に・鳥に・風に・・・万物となって還ってくると信じていた。

またhttps://mainichigahakken.net/hobby/article/61.phpでは
>この時代の「生」の象徴といえば、生命を生み出す出産に関するものが多く挙げられます。
「土器や土偶がたくさん作られましたが、出産に関するデザインが多いんですね。土偶はおなかや腰のあたりが膨らんだだものがよく見られますが、これは妊婦をかたどったものだといわれています。

>人の死もまた、自然界に起こり得る当たり前のことの一つでした。「縄文の人々にとっても死への不安や恐怖は当然あったと思います。でも、人は死んだらいなくなるのではなく、風となり、鳥となり、星となり、自然に還って存在し続け、やがて再生する。そう考えることは、彼らにとって『心の処方箋』として機能していたと考えています」。

■埋葬の仕方にみられる縄文人の意識
・縄文時代の埋葬にはしばしば「屈葬」が見受けられる。遺体の関節を折り曲げて壺などに入れて埋葬する方法だが、なぜこのような方法を取っていたのか。

以下https://rekishi-memo.net/joumonjidai/maisou.htmlより
屈葬を選んだ理由の諸説
1.死者の霊が生者に危害を加えるのを防ぐ為
2.赤ん坊が母親のお腹の中にいた姿勢を取らせる事で、死者が別の赤ん坊になって生まれ変わる事を期待した為
3.遺体を納める穴を掘る労力を減らす為、遺体を折り曲げ墓を小さくした
4.縄文人はしゃがむ風習があった為、遺体に休息の姿勢を取らせた

・死の観念が定まっていなかった
縄文時代の遺跡からは土中埋葬や、土器や甕に納めて葬る、火葬で骨にしてから土中に埋めるなど、複数の葬り方の痕跡があった。
また、埋葬した骨を取り出し、洗ってから再び土器などに入れ、逆さにして埋葬する「再葬」という葬方も確認されている。

この様々な葬法からも縄文人が死に対して恐怖や再生といった様々な感情を持ち合わせており、明確に死を定義していなかったことが窺える。

参考URL
https://mainichigahakken.net/hobby/article/61.php
https://rekishi-memo.net/joumonjidai/maisou.html
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%81%AB%E8%91%AC#%E6%AD%B4%E5%8F%B2

投稿者 yanagi : 2022年06月16日 List  

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コメント

死を生の一部と捉えることができれば、老いにたいしての恐怖も和らぐのではないでしょうか。縄文人が還って来ると考え命が循環するものであり、再生を信じることによって今の生が終焉して無になるのではなくまた生まれてくると思うことは、子孫にたいしての責任感、また生まれてくるという当事者意識が生じて未来のことを想ったのは確かなことなのではないでしょうか。死と近しいことから、生きていることの不思議、神聖さといったものを感じながら生きていたのではないでしょうか。

投稿者 山下 哲応 : 2022年6月25日 00:51

山下哲応さん コメントありがとうございます!
そうですね、やはり自分がどう生きているのか・”生かされている”のか、日々問いながら
それでも死を遠ざけずに生死一体で生きていたのだと思います。

投稿者 yanagi : 2022年7月26日 20:24

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