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2020年03月05日

足の指が先祖帰りしたカタワのオランウータン~その後人類へとどのような道筋を辿って進化したか

人類の祖先はオランウータンである。これは以前リンクで紹介した。
今回は樹から落ちたオランウータンがその後どうやって現人類へ進化したか。さらに人類へと進化した私たちの祖先はどのようにして観念機能(言語機能)を生み出したのか
観念機能の登場はまだ仮説でしか提起できないが、このオランウータンから人類への進化の完成は巨大化した脳にあり、観念機能の獲得によってそれらは生み出された事は間違いない。

 【樹から落ちたオランウータン】
約300年前~400年前、スンダランドのどこかでオランウータンの突然変異が起きた。
樹を掴む為の足が先祖帰りして掴めなくなる。オランウータンの生態はその殆どを樹上で生活していたが、地上を歩けないわけではない。ただ、ゴリラやチンパンジーのようなナックルウォークは使えず、地上に降りてもよちよちと2本足で歩くだけの機能しか持ち合わせていなかった。
なぜ突然変異が起きたかは判らないが、急激な気候変動か火山爆発で樹上が生存できなくなる期間があったのかもしれない。地上を歩くオランウータンが登場し、彼らはやがてかつての機能=「足」に先祖返りする個体が定期的に発生するようになった。

ただ、それでも強い雄(ボス猿)は残っている樹上に移動し、先祖返りした足で地上で生きながらえたのは弱雄より非常に競争率が高く保護される対象であったメスであった可能性が高い。地上に落ちたメスを樹上ではメスが獲得できない弱雄達が保護し、生殖をしていく。
つまり最初の地上に降り辛うじて適応したオランウータンはメスであり、メスとその子供が生きながらえたのは弱雄達の集団のおかげだった可能性がある。

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 【樹上へ落ちたオランウータンはどこへ向かったか】
樹上という豊かな食場を失ったオランウータンは地上でたちまち食料確保に苦労する。さらに最大の課題はどこで暮らす事ができるか?という問題
地上は大型肉食獣や蛇、川に行けばワニ等敵がうようよ居る。体躯が1.8mあったオランウータンとはいえそれらの敵には容易に対応できない。逃げ足が速ければ、まだしもヨチヨチの2足歩行という超逆境に追い込まれた。食料をどう確保するという以前にいかに安全な場所へ移動するかが第一課題であった
彼らが樹から落ちて真っ先にたどり着いた安全な場所、それが海辺の洞窟だった。海辺の洞窟は地上とは水を挟んでおり容易に肉食獣や蛇ワニはたどり着けない。食料がない、環境が劣悪というマイナスを加味しても生きていく為に安全を選んだ。
或いは偶々海辺の洞窟にたどり着けた個体のみがその後生きながらえるカタワのオランウータンとして残っていった。海辺には洞窟が地上に比べれば比較的多く、叩きつける波で浸食された海岸線に大小合わせていくつも形成されていた。

【カタワのオランウータンは何を食べたか】
海辺の洞窟という最大の安全を確保したオランウータンであったが、いきなり食料事情に困窮する。海辺に樹林があれば時々そこを(手で)登って果実を取るという事もできたが、そう都合よく海辺に樹木や森林はない。考えられるのは海産物で動かないもの、ミズゴケや海辺の草、根子、動物の骨などを漁った可能性がある。

比較的取りやすい蟹や貝も食べた可能性はあるが、蟹を食べるには甲羅を石で割り中の身を取り出さなければいけない。磯蟹程度の小さな蟹であれば殻ごと食べた可能性もなきにしもあらずだが、生で蟹を殻ごと食べる等という芸当はおそらく地上に降りたばかりのオランウータンにはとてもできなかったと思われる。ましてや貝はさらに殻が固く、よほど偶然に石が落ちてきて中が柔らかい、食べられるという学習を経なければ成立しない。つまり、カニや貝は海辺に豊富にあったかれどもそれらには目もくれなかった。

もっぱら主食はミズゴケ、草、木の根、動物の骨(の中の骨髄)であった可能性が高い。つまりイメージしていただきたいのはカタワのオラウンウータンは常に空腹との闘いで、飢えまくっていた、という状況。それがそのまま極限人類へと引き継がれる

 

【極限人類は飢えとの闘いが約100万年続いた。】
身長が2m、メスでも1.8mあったオランウータンは人類へ進化?した段階で身長が1.6m、メスでは1.4m程度まで小型化する。脳容量はオランウータンの400ccから約1.5倍、650ccまで拡大していた。180万年前にスンダランドのジャワ地方の洞窟で発生しているが、これがオランウータンなのか初期人類なのかはまだわからない。

極限時代を生き延びる中で常に「どうする?」を極限=空腹の中で考え、食べられるものなら何でも食べる。さらにあまりにも飢餓が厳しく、それを少しでも緩和させるために親和充足(スキンシップ)を雄雌間で強化させた。人類の体毛(特に前の方)が少ないのはその為の躯体変化である。また、メスの性機能はオランウータンから人類になる段階で格段に上昇した。
さらに最も大きな変化は2足歩行の確立である。これは洞窟に隠れ住みながらも地上をちょろちょろ歩いて餌を獲得するには長距離足で歩き、また敵が来れば素早く逃げる歩行機能が必要だった。人類は歩行訓練を様式化し、踊りとそれによる集団共認(トランス状態まで行く)で完全な2足歩行を実現する。
このカタワのオランウータンから人類へ実に200万年もかかっているのだ。

人類の脳が大きくなったというのは常に「どうする?」を追求した事と無縁ではないが、一方で骨に穴を開けてその中の骨髄をすするという食事は当時最高のごちそうであり、最高の栄養価があった。それが脳や骨、神経の形成に寄与した可能性があり、脳を大きくできたのはこの骨髄の食事にあった可能性もある。

【北へ向かった人類の祖先】
オランウータンから進化した初期人類はスンダランドで登場するが、巨大火山トバの大噴火の影響で幾度となく住めなくなったスンダランドを後にする。
チベットからシベリアへと北へ向かった種と海沿いを歩き、北西の西欧へ向かった種、北東へ向かった種といくつかあり、それぞれデニソワ人、ネアンデルタール人、ホモサピエンス(現世人類)へと進化していく。180万年前からわずか140万年間で脳容量は800CCから1350cc~1450ccへと増大。この過程の中で最も人類の武器と言える観念機能を獲得した。北へ西へ向かった理由は様々考えられるが、骨髄をすする(動物の骨を食べる)人類にとっては火山からの逃避行は重ねて大型哺乳類の骨の多い、冷涼な北であった。

【最後に観念機能の獲得】
先回の実現塾で語られた仮説を紹介しておきたい。
限状態の空腹に常にさらされた人類は少しでも苦悩を緩和するために親和充足を強める。雄雌の性的親和、さらに日常的には発声、おしゃべり。おしゃべりと言っても観念機能獲得以降の言語機能としてのおしゃべりではなく単語となる音声や一体化する為の音声言語が中心であったろう。現在の類人猿でも2000種類の声を使っての言語があるという。当然始原人類はそれ以上に語彙を増やし、共感系の言葉が先行して登場した。この段階でも観念機能とは言えるが、サルから少し増えたに過ぎない。

観念の観念たる最大の機能は「どうする?」を追求する言語の獲得。或いは自然に同化しそれを敬い畏れ、正体をつかむ「何=状況を捉える力」。

(おそらく)メス発の親和言語や性を通じて獲得したエンドルフィンによる快感機能、これを母体にこの「どうする、何?」という観念原回路を生み出すことになる。自然の背後に精霊を見るという観念機能はこういう流れの中で登場した。押さえておきたいのは人類の場合、追求充足の前(或いは同時)に親和充足があるという事。

投稿者 tanog : 2020年03月05日 List  

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