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2011年04月12日

「南から見た縄文」3~ ポリネシア人(東オーストロネシア語族)が陥った罠、遠洋航海への可能性収束→父権化への道!

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統一ハワイ王国、初代国王 カメハメハ (こちらからお借りしました。)
ずいぶん前に流行した「みんなのうた」では、南のどかな国の酋長というイメージでした。しかし、実際は、私権時代を生き抜いたという表情をしていたんですね。意外です。
「南から見た縄文」シリーズ、南方スンダランド出自の民族を探索し、縄文人の心、本源性にせまるシリーズ。前回、第2弾はオーストネシア語族が太平洋のかなたまで広がっていく様子、その可能性収束力はどこからくるのか見てきました。かれらは実は日本人と同様に、あるいはそれ以上に火山の噴火、地震、津波との戦いを繰り返してきたことが分かりました
さて、第3弾です。追求する「南から見た縄文」チームは、当初、大陸から遠く離れた東部オーストロネシア語族(ポリネシア人)にこそ縄文人に最も近い民族性、本源性が見出されるだろう予測していましたが、意外や意外!衝撃の事実を発見しつつあります。ポリネシア社会は階級性をもち、戦争も結構している。私権社会の入り口と思われるような現象が少なからず見られるのです。いったい、これはどういうことでしょう。豊かな南国の平和社会というイメージは一新する必要がありそうです。そして、そこから掴み取れる構造は?私たちが学ぶことは?
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ポリネシアの階級社会、戦争、カメハメハ大王
まずは、冒頭に紹介したカメハメハからです。彼が始めてハワイを統一したのですが、その過程は権力闘争、私権闘争そのものでした。

カメハメハはハワイ島北部のカパアウで生まれた。ハワイ島の首長であったカラニオプウの甥にあたる。叔父の死後、その長男のキワラオを倒し島内を掌握。 イギリスから武器や軍事顧問などの援助を受け、マウイ島やオアフ島など周辺の島々を征服していった。
政敵が火山の噴火や外敵などにより壊滅状態になったことも統一に幸いした。18世紀末までにはカウアイ島、ニイハウ島を除く全地域を支配下におさめ、1810年にこの2島もカメハメハに服属して国家統一を成し遂げた。ウィキペディアより引用

もちろん、欧米列強の進出を前に力ずくでもハワイを統一する必要があったという側面もあったと思われます。
しかし、カメハメハのこのような志向(力の原理への志向)は、すでにそれ以前のポリネシア社会の中にその萌芽が見てとれます。
ハワイでは、12~13世紀ごろ、タヒチ人が到来するころから族長(アリイ)による土地支配が始まります。戦争、権力闘争が発生し身分制社会となります。すなわち、アリイ(王族)・カフナ(神官)・マカアイナナ(平民)・カウバ(奴隷)の4つです。
アリイ(王族)は、神の子孫とされ、マナとよばれる神の精神(力)を受け継ぐ家系と思われている。王の中の王、アリイ・ヌイの地位は父子相伝、つまり上位では父系社会となっています。
カウバは共同生活の規律を乱す犯罪者や他の土地の捕虜の階級で、顔に入墨を彫られ、他階級との交わりが禁じられていた。
また、モアイ像で有名なイースター島も、頻繁に耕作地域や漁場を争っては、部族間に武力闘争が生じるようになり、やがて戦争に明け暮れさびれていったといいます。
縄文人や始原人類との世の比較で言えば、頻発する戦争、階級社会、そして、首長レべルでは男の系譜が重要視されていると言う点が着目されます。
同じく太平洋のオーストラロネシア語族の中でも、インドネシアなどは母系社会が多いように、スンダランド出自の民族はおそらく母系社会がほとんどであったと思われます。太平洋を東に向かって進むうちにどこかで父系へ転換したと考えるしかなさそうです。
以下の論文では、オーストラロネシア語族の社会構造を、太平洋西部のそれと、東部のそれとの違いを分析しています。西からインドネシア、メラネシア、ミクロネシア、ポリネシアと並びます。
(ユーラシアにおける父権、父系転換との関連で、極めて重要な認識だと思われます。)
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西太平洋(マレー・インドネシア)と東太平洋(ポリネシア)では社会構造が全く異なっている(共同体と肥大社会)

このように同様な生業形態をもつにもかかわらず,メラネシアと(注:西側),ポリネシアおよびミクロネシア(注:東側)の社会組織には,かなりの相違が認められる。
メラネシアでは,数十人から数百人規模の村落が営まれ,親族で構成するこの小さな村落が独立した政治単位だった。親族の結合をもたらす原理は父系のことも母系のこともあった。、、、、個人の能力にもとつく指導者もしくは有力者はあっても支配者はなく,原理的に平等主義にたつ合議制で政治が運営された。

概観・クック時代の太平洋諸島民
国立民族学博物館学術情報リポジトリより引用

要は、太平洋西側に位置するメラネシアでは共同体性をより強く残している。そして、ここには書かれていませんが、さらに西に位置するインドネシアも共同体性を強く残しているといえると思います。では、太平洋東部ポリネシアはどうか。

他方ポリネシアとミクロネシアでは,数か村どころか1島すべてを占める,あるいは直島を版図に含む首長国が形成され,身分階層制にもとつく貴族社会がおこなわれていた。首長国の頂点にたつ大首長は創造神の直系子孫で現人神と目された。、、、、
ポリネシアでは同一系統に父系と母系が入り混じる白系,ミクロネシアでは概して母系の出自と考えられていた。、、、、、大首長が君臨する整備された首長国の体制は,とくにポリネシアのトンガ,タヒチおよびハワイに顕著に認められた。これらの群島では,ヨーロッパ人の来航以前すでに,政治は中央集権の萌芽状態にあったといえる。
概観・クック時代の太平洋諸島民
国立民族学博物館学術情報リポジトリより引用

ここから見て取れるのは、やはり、太平洋を東に進むほど、より社会が肥大化し、また、母系から父系へと転換していく傾向があるということですね。

では、なぜそのような変化が起きたのでしょうか。非常に不思議ですが、彼らの置かれた環境、外圧、そして可能性に深く同化すれば見えてくるように思います。それがどんなものであったか、以下のポリネシア人の神話に伺えます。
遠洋航海への可能性収束。遊牧民族と同様、男原理、力の原理へと過剰に傾斜しバランスを崩していった。

一方、クック諸島には別の神話もある。その島は肥沃ではあったが、乾期になると食料が不足して、平和な島民も人が多くなって困っていた。首長の配下にルーという航海士がいた。彼の家系は何代も、首長おつきの航海士で、他の島に行くときルーが必ず水先案内人を務めていた。彼は平和を愛する人物であったが、人の先に立とうという野心をもち、また人口の増加を密かに憂慮していた。
彼は一族の相続争いに嫌気がさし、兄弟や仲間にに新しい土地を探しにゆこうともちかけた。最初皆おそれて嫌がった。しかしルーは言った「女々しいことをいうな。海のことは俺が一番よく知っている」と。この言葉に仲間たちは同意した。ルーは次に四人の妻も説得した。彼女たちも嫌がったが、最後には同意した。ルーは彼女たちに「親元に帰り、家筋のよい二〇人の処女を連れてこい。新しい土地の始祖になるために」と命じた。
希望に燃えて彼らは船出した。途中ひどい嵐になってもタンガロアの神に正しい祈りを捧げれば、嵐はおさまった。ソシエテ諸島に着き、居住することを決めたルーたちは、新しい島の住人になった。しかしルーが途中で死んだ弟の供養を十分行わず、また一緒に来た仲間たちに土地を公平に与えなかったために、幾人かの人々は不満をもち、さらに船出していった。彼らは苦難の末、遠くニュージーランドに達し、マオリ族の始祖となった。
後藤明研究室 海の民族史より引用

太平洋は温暖な気候のイメージがるが、やはり乾燥する時期も長い。また火山島が多く土地がやせ、必ずしも農耕に適した土地が多いとはいえない。したがって、常に新しい土地を目指す圧力が働く。航海は男の力が主導するし、新しい土地の獲得は男の力によるわけだから、元来母系社会でも、海洋性をますにつれ、次第に共同体の共認を導く重心は男の側へ移っていったと思われる。そして、太平洋東部へ進むほど島はまばらで高い航海技術が必要になり、一段と男主導になる。
200px-Priests_traveling_across_kealakekua_bay_for_first_contact_rituals.jpg
こちらからお借りしました
ユーラシア内陸部でも、乾燥期を契機に狩猟から牧畜、遊牧へと、少なくなった食料を補うため生産様式を変え行動圏を広げていった。その際男部隊が派遣されるため、やがて各集団の遠心力が増すと同時に、覇権部隊の共認を主導する男の原理が集団を塗り替え、バランスを崩し私権時代を準備する。
ユーラシアの遊牧もポリネシアの遠洋航海も、それ自体は生存域を広げるための画期的な発明だっただろうが、集団の共認重心がバランスを失い、集団を根本的に変質させてしまう、人類として無理のある適応様式だったのではないだろうか。

さて、次回は、日本に戻ります。日本もポリネシア人と同じように、火山、地震、津波に悩まされてきた民族ですが、母系社会を維持してきしました。何が違ったのでしょう。お楽しみに。

投稿者 fwz2 : 2011年04月12日 List  

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