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2020年10月29日

縄文体質は敗北思考~共認の時代を本物にするには支配から脱却する事実の観念体系を産み出す必要がある。

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シリーズを通してBIが縄文体質=日本人の活力再生に一役を与える事は示唆してきましたが、シリーズの締めとして、BIはきっかけにはなるが、やはり本質は別のところ、つまり集団のあり方や人としての生き方、観念と心(共認)の整合などもっと深い地平にありそうです。性の再生や解放がBIだけでは語り切れないのはそこかもしれません。次のシリーズに向けて新たな課題です。
(中略)
縄文体質故の本源性や追求力、共認形成力が正しく作動せず。
むしろ、長いものに巻かれる思考や、マイナスに働くいじめのような共認に縄文体質が使われてきており、私権時代ならまだ有効に働いた活力が全て閉塞方向に閉じて行っている。縄文体質故に活力衰弱というのは本末転倒だが、ただ、これを突破するのも縄文体質故の日本人でしかない。何よりも学校教育からの脱却、支配観念からの脱出しかない。
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2回前の記事で上記の事を書きましたが、先週の実現塾ではこの”本質”に迫る追求が行われた。新しい認識は熱いうちに発信せよが当ブログのモットーですので、まだ切り口に過ぎないが、縄文体質を持つ日本人がなぜ世界でダントツに活力衰弱してきたのかを押さえておきたいと思います。 活力衰弱とは言い換えれば統合不全である。統合不全故の思考停止、追求停止に他ならない。なぜ日本人がここまでひどく、現在落ちてきたのか?その答えは縄文体質にある。
この縄文体質残存の歴史を押さえておきたい。

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まず日本という国は大陸の東の果て、西側に広大な太平洋が広がる文字通り島国、孤島である。
3万年前~徐々に大陸から移り住み、1万5千年前に温暖化で大陸から完全に切り離され、日本海が生まれ、温帯気候で四季を持つ資源豊かで外敵の少ない宝石のような国、日本が誕生する。以後は大陸からボートピープルで人が流れ着く事は有っても、2300年前、中国や朝鮮での戦争からの難民渡来人が大量に渡ってくる弥生時代に至るまで独自で均質性の高い文化を熟成させてきた。ほぼ全国で通じる日本語が定着し、それに合わせて人々の感性や認識も列島の西から北まで一貫性の高い同質性のある民族=日本人ができあがっていた。1万5千年間、それまでの古代人が持っていた自然崇拝、集団原理、男女規範を奇跡のように残してきた日本とは、現在まで縄文体質として良くも悪くも残存させる非常に濃い文化を年輪のように形成してきた。

それは2300年前の百済や高句麗からの移民ですら、もてなし、受入れ、その技術や認識が有益であれば自らの文化に取り入れて使いこなしていった。支配されて言葉や思想毎、変えさせられていったのは西洋の国々だが、日本人は良い所取りをして自らの言葉も思考も変えてこなかった。

以降、政治や大衆支配は渡来人集団で担ってきたが、それに対して庶民の見方は一貫してきた。
日本では為政者、支配階級の事を古来から“おかみ”という呼んできた。この“おかみ”という呼び名は一種の蔑視でもあり、自分たち集団とは別物、勝手にやっているものという意識に貫徹されている。つまり、縄文人だけで作られた顔の見える生活集団=共同体が現実で、遠く離れて勝手にやっている支配者集団=渡来人はおかみと呼んで自分達には関係ないとして捨象してきた。おかみ=政治とは歴史的にも本来的にも庶民と関係ないものだったのだ。

さらに弥生時代、その後の明治維新の舶来信仰に見られるように外からの文化に対しては好奇心が高く、直ぐに取り入れて自分たちのものにしてしまう同調圧力が極めて高い民族である事も、その後の日本を発展させていく上での原動力になった。明治維新で西洋化にあっという間に成功し、1970年代、世界で最初に貧困を国として脱出したのもこの同調圧力の所以である。またこの同調力で最も代表的なのが「和を以って尊しとする」とした言葉であり、第2次大戦での「お国の為、一億玉砕」といった集団意識にも繋がり、さらにそれがコロナ禍以降、いとも簡単にマスコミの論調を鵜呑みにしてこの嘘だらけのコロナ報道を疑わず信じた日本国民の異常さにも通じるものがある。

この同調圧力=社会や政治の事は関係ない=思考停止がこのコロナの問題ではついに矛盾し破綻した。
つまり、かつての江戸時代までの日本では同調圧力で共同体に依存していれば政治など関係ないとしてでもやりすごしてこれたし、庶民と政治は大衆とお上で線引きして何ら矛盾はしてこなかった。しかし現在、コロナで経済はガタガタ、人々はある日突然、ものすごいスピードで生活基盤(=職と食)を失う。
関係ないでは済まない現実が現れてきた。明確に関係あるのだ。

この嘘だらけのマスコミ(その背後の金貸し)の仕組んだコロナという罠を自らの手で暴かない限り、縄文体質の日本人は今後さらに活力を失い、支配者のいいようにやられてしまう。

裏返せば、私権社会以降、そして私権社会が終焉した共認社会においても和を以って尊しといする共認原理では勝てないという事だ。私権社会は紛れもない力の原理で社会は統合されてきた。武力から資本力へ力の種類は変化してきて、そして現在その力は共認形成力へ移ってきた。現在、マスコミが第一権力を持っているのは時代が共認の時代に移行したからである。しかし問題は共認の中身である。
この間の世界中を席巻したコロナの情報は、マスコミを通じて大衆の共認をいかようにもでもコントロールできるという実験という見方も成立する。

これに対抗するにはどうするか?

 共認を支配の道具にしようとする勢力との戦いを制するしかない。その為には思考停止から脱却し、事実を発掘し、発信する事。
さらにこれまで私権社会の中で支配の為、産み出され都合よく使われてきた近代観念に代わる、自然の摂理や、事実の体系に基づいた観念体系を産み出す事、それを力の基盤にして万人に開かれた新しい共認社会を産み出す事だ。戦いを制するには多くの人々が思考停止に気づき、本物の追求力を身に着けていく事だと思う。縄文体質に安住している時代は終わった。縄文体質を共認原理の基盤にしつつ、自ら頭を使い縄文体質から一歩踏み出し共認闘争に打って出て戦う必要がある。

初めて日本人として人類の為に戦う機会が来たのではないか。そしてそれは日本人でしかできない。その根拠は次回提起したい。

投稿者 tanog : 2020年10月29日 List  

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