| メイン |

2021年01月01日

アイヌは縄文人とは別系統でさらに古くから列島に漂着した最古の集団

日本人の起源について追求するとアイヌとは何者かというテーマにも突き当たる。彼らはいわゆる渡来人のもたらした弥生以前の文化を保持しており、アイヌこそが縄文との見方もある。しかし、そうではなく、アイヌはもともとはシベリア系の狩猟採集民で、のちに縄文と長く接する中でこれを受け入れていったものと思われる。
上記はブログ「日本を守るのに右も左もない」に記載された記事で非常に興味深いのですがやや別の角度からの記事がありましたので紹介します。

アイヌは縄文人とは別系統で古くから列島に漂着した最古の集団であるという説です。
それは使っている言語の旧さによります。アイヌ語は抱合語であり、日本語は膠着語。
抱合語とは文に相当するような内容を一語で表すものです。たとえば「私は君に与える」に相当するアイヌ語は「a-e-kore」(私-君-与える)とう一語、食器は「a-e-pe-p」(われわれ―それで―食事するーおmの)という語になります。膠着語は朝鮮語や日本語に代表され、例えば「書く」という動詞はkakという語感に「書かない」「書きます」「書けば」のように語尾を付着(膠着)させて変化する言語形態です。抱合語はより原始の言語で、膠着語は後発的なもの。その意味でアイヌは日本語を使う人々より古く存在していた事が伺え、さらに抱合語と膠着語は同系とは認められず抱合語を持つアイヌがより古い言語形態を保持している民族であると示されています。

 にほんブログ村 歴史ブログへ

以下、「アイヌと縄文」の中から抜粋で紹介していきます。

松本の見解に従えば、縄文人の話していた言語は、日本語、アイヌ語、朝鮮語、ニブフ後の祖語である出アフリカ古層A型の、より原型に近いものだったと考えらることができそうです。そして縄文人のDNAにもっとも近い特徴を持ち、実際に縄文文化の伝統を受け継いでいたアイヌの言語こそ、東アジアの出アフリカ古層A型の原型にもっとも近い言語であった可能性が浮上してくることになります。
この事を別の視点から考えてみましょう。
アイヌ語には抱合語という文法的な特徴があるといいました。この抱合語はアイヌだけでなくシベリアから北アフリカの先住民にもみられます。一方日本語、朝鮮語、ニブフ語は抱合語ではなく膠着語という特徴をもっています。日本列島周辺の孤立言語の中でアイヌ語だけが抱合語という特徴をもっている事実はどのように考えればよいのでしょうか。
木田は、アイヌ語の抱合語という形式が、日本語のような膠着語の形式から生じてきた可能性は考えにくい事かから、古くからの形式だったのではないかとしています。さらに変化しない語幹に規則的に接辞を繋げる膠着語は、抱合語のように言葉の記憶に大きな負担のかかる形式を軽減、省力化する合理的な方法であり、言語の発展段階として最終段階にあるとのべています。

そうすると日本列島周辺のアフリカ古層A型の言語のなかでも、日本語、朝鮮語、ニブフ語の膠着語は新しく表れた形態であり、アイヌ語の抱合語は古層の特徴を留めるものであった可能性も考えられそうです。
(中略)

もしアイヌ語と縄文語が関係の深い言語だとしたら、縄文人と渡来人が混血成立した本土日本語のなかに、アイヌ語と共通する言葉がのこっていてもよさそうです。実際、先に述べた様にアイヌ語と日本語のあいだには、日本語からの借用語か、アイヌ語からの借用語か、あついは同源の語か、判断のむずかしい言葉がすくなからずあるのです。
ヴィヴォンは「しだ」「ひじは」というアイヌ語とみられる言葉が、東国や九州で方言として使われていた事について、かつてアイヌ語が日本列島の全域で離されていた事を意味すると考えています。北海道のアイヌが全国に進出していった経過はありません。したがってヴィヴォンのいうアイヌ語とは、日本列島の全域で暮らしていた縄文人の言語という事ができます。さらにヴィヴォンの説に従うと、古代日本語は、このような日本列島の基層言語としての縄文語=アイヌ語が、弥生時代に渡来してきた人々の言語と接触し、クレオール(融合した言語)として成立した可能性が考えられることになります。

弥生文化は3000年前に九州北部で成立しましたが、おそらくそのとき朝鮮半島から渡来してきた人々の言語と縄文語が融合し、現日本語が成立したのではないでしょうか。朝鮮語と縄文語=アイヌ語はもともと出アフリカ古層A型を祖語とするものであり、語順など文法的な特徴も大きく異なるものではなかったのです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
上記の記述をまとめると

アイヌ=縄文人
アイヌ語=縄文語⇒抱合語

縄文人+渡来人=日本人
日本語=縄文語(抱合語)+朝鮮語(膠着語)=膠着語(言語融合クレオール)

これが事実とすれば、朝鮮半島からの大量の移民があった弥生時代で言語は大きく
変化した事になります。言語がその民族の観念も支配するとしたら渡来民以降の日本人は
一定の変質をしたことにもなります。日本語はいつできたのか?継続して調べたい課題です。

 

投稿者 tanog : 2021年01月01日 List  

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://web.joumon.jp.net/blog/2021/01/3878.html/trackback

コメントしてください

*