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2020年09月17日

縄文体質は未来を拓く 第3回~”職人気質” 生活が保障されれば、本物の追求力が芽生える

ベーシックインカムの社会でどう人々を動かしていくか?これらのキーワードをベースにどう可能性へと繋いでいけるか、多少無理かもと思いつつ、やはり突破口は日本人の持つ本源体質でありそれを産み出す縄文体質である事は直感ではあるが、ほぼ間違いないだろう。~縄文体質は未来を拓く「プロローグ」

いま、西陣織の職人の平均年齢は75歳を超えています。こうした熟練の職人は、もう年金を貰っています。そこで起きているのが、年金の支給額を踏まえた上で『工賃』が決まるといった現象です。まだ年金をもらえない若い世代にはまともな賃金が支払われず、伝統技術を引き継ぐ者がやがて消滅してしまうという危機に陥っているのが現代社会の実情です。 もともと縄文気質を受け継ぐ日本人の職人技は世界でも突出した精度と機能を持ち合わせていました。こうした技術はみんなに喜んでもらえることを第一価値として、あくなき追求の結果もたらされたものです。しかし、市場社会の進展によりお金第一の価値観となって、生活できない賃金体系の職人世界は技術の伝承さえあやうい状況となっているのです。

べーシックインカムはこうした職人の世界を救う、起死回生の政策となるに違いありません。最低限の生活費さえ保障されれば、地域の誇りとなっている伝統技術の継承を目指す若者は確実に増加するでしょうし、営利目的を度外視した、みんなに喜んでもらうための技術の追求も加速することでしょう。縄文気質の再生です。

もともと職人の世界は宮大工に象徴されるように、住み込みの丁稚奉公で生活を共にしながら、棟梁の技を真似、盗むことで技術を吸収してきました。生活が保障されさえすれば、自然と全ての思考と行動が追求に向かうし、主体性もはぐくまれていくことでしょう。

私権第一から追求第一の本源社会の扉を開くのが、ベーシックインカムの社会制度なのだと思います。

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物の進化の源泉=集団発の追求力は、日本人の職人文化の根底にある

『見習い=見て習うこと』 その意味の奥深さ

―労働不足、過労死、時給上昇・・・政府主導の働き方改革を含め、我々の「働く」に関する事象は今、大きく動いている。しかし、それは、欧米の模倣ではないか。もっと「我々らしさ」があるのではないか。日本人が大事にしてきた物づくり、つまり職人の世界にそれを求めてみよう―

職人の世界ではよく「見習い」という言葉を使う。「見習い」というと、「半人前」というイメージを思い浮かべるかと思うが、そもそもの「見習い」の意味は、文字通り「見て、習うこと」なのだ。   職人の世界では新人は、徹底的に先輩社員を注視し、その働く姿を見て、真似(まね)をし、技術を肉体化してゆく。「見習う」=「注視→真似→肉体化」 これが成長への一番の近道なのだ。  新人に限らずだが、仕事をしているとさまざまな壁に突き当たることになる。そんな時にぐるぐると悩んでマイナス思考にならずに、壁を乗り越えていくためにも、まずは身近なできる社員の真似をすることが重要になる。

「真似る=学ぶ=楽しい!」  現代、西洋化が進んだ日本では、集団性<個人という意識が強くなりがちで、誰かの真似よりも個性を生かさなければ、となりがちだが、人間はそもそも集団として生き伸びてきた生き物。

集団のなかの一人一人が力を付けていくためには、力のある仲間の真似をするのが一番の近道。それは今も変わらない。  仕事の姿勢でも、お客さんとのやり取りの仕方でも、技術的な部分でも、「注視→真似→肉体化」を繰り返していくと、できることがどんどん増えていく。 これが新しいことを学ぶということだ。仕事をしていて「楽しい!」と思える瞬間の一つだ。

ある町工場では、60歳を過ぎたベテランが「俺はまだまだ見習いだ」と、日々年下の後輩や部下から新しいこと技術を学んでいるという。そんなベテランが誰よりも活力を持って働いているという事実もある。真似るためには、相手を知ること。相手を知るためには、相手に自分を開いていくこと

裸になって、仲間に身を委ねることが大切だ。そうすると、たとえ壁にぶつかった時も、それをどう乗り越えればいいかがすぐに見つかるはず。

真似る=学ぶ=楽しい!という感覚を大事にすると、きっと、自分も周りも驚くほど楽しく働けるはず。ぜひ、実践してほしい。

 

■非正規5割の時代に増す「職人女子」願!

わたし、職人になりたいんです

近年、このようにおっしゃる10代後半から30代くらいの女性が急激に増えています。筆者の周りにも、現時点でさほど収入につながってはいないものの高名な師匠のもとでギター作り職人の修行中である20代の女性をはじめとして何人かの人が、実際に「職人女子」のタマゴとして日々奮闘していらっしゃいます。その人たちに、何故あえて厳しい職人の道を目指すのかと訊くと必ずといっていいほど返ってくるのが、「だって、今やっている非正規の仕事は、この先に何の希望もないから。どうせ正社員の就職口など無いのなら、やり甲斐が実感できていずれは自分の腕一本で生活できるようになる職人を今から志した方がいいですよ」といった主旨の答えなのです。

【初就職の約5割が非正規労働者としての就職という、わが国の女性を取り巻く雇用環境の厳しい現実】

確かに、2008年に起きたリーマンショック後数年間の景気の低迷とそれに伴う就職氷河期のことを思うと、景気は回復傾向にあります。 とはいえ、厚生労働省の「一般職業紹介状況」をみると、こと正社員の有効求人倍率に関しては最新の2015年の統計でも0.76倍と1倍をはるかに下回っていて、いまだに低い水準にあります。 さらに、総務省の「就業構造基本調査」では、初就職が非正規労働者としての就職であったという人はこの失われた20年の間でどんどん増えつづけ、平成24年版のデータでは男性で29.1%、女性は49.3%と約5割に上ることがわかっています。 筆者の周りの非正規で働く女性たちが「この先に何の希望もない」と言う理由の一つは、このようなところにもあるのだろうと思われます。

【世界的には労働の非正規化はもっと進むというのが理論経済学の定説で、職人女子志望者急増の理由】

労働の非正規化は世界中でもっともっと進むであろうという考え方は、今では理論経済学の分野では定説になりつつあります。 『21世紀の資本』の著者であるフランスのトマ・ピケティ博士の名前を聞かれたことがあるかたは多いと思いますが、わが国でピケティに近い立場をとる経済学博士の水野和夫氏らは、ここ何世紀もの間人類が経済の基本システムとして採用してきた資本主義は、アジア・アフリカ・中南米といった「辺境の地」を開拓し、安い賃金で働いてくれる大量の人々を発掘することで利益を上げ発展してきたけれど、もはやこの地球上にそのような辺境の地は存在しなくなりつつあり、各国とも自分の国の中に「安い賃金で働いてくれる大量の人々」を人為的に作りはじめたわけで、労働の非正規化はその会社のCEO以外は全員非正規の状態になるまで進んで行くという主旨の説を、その著作の中で暗に示しているのです。 もともと女性の社会進出度合いが相対的に低かったわが国で、女性のみなさんがこの歴史的な空気を敏感に感じ取り、「どうせ正社員の就職口など無いのなら職人になっていずれは自分の腕一本で生きていってやるわ」とお思いになられたとしても、何ら不思議なことではないような気がします。

 

■職人の働き方の再評価 ~定年なし残業なし

職人の世界には定年がない 世間では高齢化や人手不足から定年が60歳になり、さらに65歳に延長されようとしている。 男の平均寿命が81歳に伸びて60歳で引退したら、その後の人生が20年か30年も残っている。 蓄えたお金がなくなるし暇を持て余すので、なんとか65歳まで働きたいと考える人が多い。

だが一たび職人の世界に目を向けると、企業に雇用されていない限り定年はなく、仕事を続けられる限り働ける。建設業ではどう見ても65歳は過ぎている人が働いていることが多く、70代と思われる人も見かける。 大工を例に挙げると60代から70代で現役の人が3万人から6万人働いていて、全員が引退するのは75歳くらいとされる。

いわば大工は「75歳定年制」なわけで、日本のあらゆる業界の最先端を行っています。 労働時間も朝から日没までが多く、日曜祝日はほぼ休み、地域の行事や消防団などを兼ねている人が多い。 政府が提唱する働き方改革の最先端を行っていて、ITエンジニアなどよりずっと健康的な生活を送っています。

60代の職人は人手不足だから引退せず働いてくれと頼まれると、健康なら65歳とか70歳まで働いている。 単純に考えれば65歳で全員が引退するので職人が何十万人不足するが、実際はもっと緩やかに不足していく。 このパターンは大工以外の職人でも見られ、本当に深刻な人手不足なら人は75歳まで仕事を続けられる。

○サラリーマンと職人の一長一短 サラリーマンや事務職ほど定年制に厳格で、60歳で定年ならそれ以上長く働くのは難しい。 例え再雇用されても今までと無関係な職種に成り、給料は半額か3分の1に減ってしまい定年という名の解雇が待っている。 良い企業では多額の退職金を貰えるが、それまでの仕事を続けることはできない。

一方で職人は企業に就職してサラリーマンになるよりも、収入が低く雇用が不安定という面がある。 有給休暇という物はなく働いた日数だけ給料がもらえる日給制か、個人事業主として自立している。 自立というとかっこいいが、福利厚生が何もなくボーナスも退職金もないのが自営業の実態です

労働時間は職人は残業手当がない代わりに残業も無しという事が多く、サラリーマンのように毎日終電で帰る職人はいない。 過労死する職人というのも聞いたことがないので、労働の過酷さという点ではサラリーマンのほうがきつい。 職人は技術を持っていれば一つの会社を辞めても同じ条件の働き口を見つけやすいが、サラリーマンは大手企業であるほど再就職の条件は悪くなる。

いわゆる「潰しが効かない」のがサラリーマンで、一度正社員でなくなると再び正社員になるのは難しい。 職人には出世がないので部長や課長になる事はなく、能力給以上の昇給というのもない。 その代わりリストラで正社員でなくなって給料が半額や3分の1になる事もない。

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お金のために働かなくてもよい社会になれば、何を目的に働くのか。そもそも勤勉な日本人は、強制されなくても働く気質を持っています。目的は誰かの役に立つ、誰かに喜んでもらえる充足感となり、そのために本来備わっている追求力を存分に発揮する社会に転換するでしょう。 職人に限らず、あらゆる仕事が強制労働から解放され、内発に基づく主体的な行動となり、活力ある社会が実現すると思われます。

ベーシックインカムには、こうした本源的社会到来の期待感で満ちています。

投稿者 tanog : 2020年09月17日 List  

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