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2018年12月27日

「縄文体質は次代の人類の可能性!」第3回~男女関係が変わる

第3回は男女関係が変わるです。

縄文体質の中で他に類をみない一番の特徴が男女関係です。

⑤土偶に示されるように、女性中心の文明原理に立脚していた。
古代文明の多くは多かれ少なかれ、母権性的であるが、とりわけ縄文時代においては、女性中心の文明原理が大きな役割りを果たしていたとみなされる。
8つの文明装置を提起し、どの節にも頷けるのであるが、私はその中でも女性中心の文明原理という部分に注目したい。女性中心というのは現代的解釈の女の発言力が強いということではなく、女性の存在が集団の活力源になっていたということを表す。女を誰もが素晴らしい存在と、当然の事として認めていた原理である。リンク

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これまで過去のの記事でも紹介してきました。

日本人の”性”への意識はつい50年ほど前まで集団・社会を安定させる基盤であり、性充足により安心で安定した集団を核として日本人は西洋とは違う民族性=縄文体質を維持してきました。リンク

性とは秘めるものではなく開くもの、おおらかなもの
集団にとってなくてはならないもの
性は教育であり楽しみであり、いわば生きる事=活力そのもの
性も女性も集団に全て包含され、なくてはならないものとして工夫し追求しつくしたのが縄文社会であり、ついこの間まで続いたその後の日本の社会だった。
明治時代に『元始、女性は実に太陽であった。』と打ち出した平塚らいてふの言葉は、太陽としての女たちが翳ってき始めた事を象徴している。
縄文体質とは何か?性や女たちへの圧倒的な肯定性の再生なのだと思います。リンク

今回はその縄文体質を持った我々日本人の男女関係が世界で真先に変わっていくという“可能性”を書く事になります。
現在の男女関係は明治以降の西洋文明によって一対婚が定着し、都市へ人が集まり、核家族が定着し、少子化、晩婚化、離婚率の増大・・・と、男女、性の可能性とはおおよそ程遠い社会潮流が見受けられます。しかし実はそれが新しい男女の可能性への入り口なのではないかとも見えるのです。

縄文時代~江戸時代まで大衆は大家族で地域と密着して暮らしており、婚姻も子育ても全てその大家族、地域と共にありました。それは何より女たち、子ども達の安心、充足の為にありました。それらを破壊したのは西洋から明治政府が真先に取り入れた一対婚を始めとする婚姻制度です。実はこの一対婚制度は明治に導入された際に離婚率が最も高かったのです。

明治時代は、半ば過ぎまで離婚がとても多い社会だった。その離婚率(明治16年の離婚件数は12万7162件、離婚率3.39%)は昭和40年ころに比べると3倍近く、最近と比べても5割近く高い。当時、統計が発表されている諸国のなかでは日本がトップだった。~著書「明治の結婚、明治の離婚」より・・リンク

現代の離婚率増加や結婚しない男女の増加は70年代に始まり00年以降顕在化した私権社会の終焉と無縁ではありません。また私権社会とは地位、金だけでなく女も私有独占するというのがその根幹にあります。さらに一対婚制度と同時に取り入れられたのが個人主義であり、ウーマンリブを始めとする男女同権論です。

しかしこの10年間それらの制度がどんどん崩壊し続けています。
この相手を独占しない、私有しない関係、婚姻とは別の部分で新しい男女関係、また女同志の仲間関係も生まれています。男女同権論を叫ぶ人も減り、逆に空気の読めないおかしな人に映ってきています。まだそれが新しい男女関係の潮流までは到っていませんが、その萌芽からこれからの男女関係を占っていけるのではないでしょうか?

私権社会の終焉からまず最初に女が変わり、そして少し遅れて男が変わる。私権社会の歴史が5000年と長い西洋社会より、まだ1500年しか私権社会が定着していない日本から先にその変化が始まり移り変わっていくのは摂理です。女は充足を追求、男は事実を、社会を追求する。そういう中で新しい男女関係は男女共に同じ方向に向って変わり始めたときに登場すると思います。 

間違った男女論で封鎖されてきた充足(男女ブログ)
「私達の、今後の役割分化はどうなっていくの?、目指すべき「いい女」「いい男」とは?」へ。
最後に議長がまとめてくれた
>オスは闘争系の追求機能を磨く。メスは生殖⇒充足系の追求機能を磨く。
>闘争系の追求機能が発達している男の周りに人が寄ってくる。
>充足系の追求機能が発達していれば、充足のオーラも出るし、周りに人が寄ってくる。
>何をなすべきか、生きる目標を持っていない人が多いが、そのときにそれも「人間として」何をなすべきかという問を立ててもそれは偽物です。【男として何をなすべきか】、【女として何をなすべきか】という軸上で考えないと本当になすべきことは見つからない。

 には、潜在思念と繋がってあらゆることが具体的になってくる感覚を得て、子どもだけでなく大人も、一同、「だよね☆」とスッキリ。
男と女という軸上で考えることは、当たり前のこと。
女として、みんなのために、充足性を高めていきたい!と思いました☆

 間違った男女論で封鎖されてきた充足
>わたしが子どものときの頃から、性教育も移り変わってきているのだろうが、今や、日本は、少子化、セックスレスが蔓延する時代。若者は性経験は貧弱になっており、性に対するイメージでは「楽しくない」「汚い」という否定的な回答が増加している。
潜在思念に合わない観念への収束で、どんどん充足が奪われてきたのだと思う。

日本人に充足感・活力を取り戻すには?という視点に立ったとき、実はこの、性の部分がけっこう重要なのではないかと思う。一事象だが、実際に、女であることを意識している中学生は、それを封鎖してしいる女の子より、活力があって元気だという実感も聞く。
性は全てひっくるめて性である。身体の話も、心の話も、いい男になるには?いい女になるには?という実践論も、全部がつながっている。この事実に立つと、教育も、大人のあり方も、いろいろなところに変化が呼び起こせそうだ。
また、今後の日本の活力を読む上で、若年世代の性意識がどう変化していくかは、目が話せない重要事項であることにも気付く。

 小学生男女の充足のやりとり
実際に「付き合う」のは今の小学生の間でブームのようです。
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小学生女子に人気の雑誌・ニコ☆プチの馬場すみれ副編集長によると、「つきあいブーム」のキッカケは「4~5年前から、男の子と遊ぶテーマで読み物ページを作り始めた」ことなのだとか。
雑誌の中でも、恋愛に関する特集や「男子と遊ぶコーデ」などの特集は特に人気が高く、約3000人を対象とした読者アンケートによると、小学校高学年の4人に1人がつきあっているという驚きの結果が出たという。
番組の街頭取材で出会った「ごく普通の小学生男子」も、6人中5人が「つきあったことがある」と回答。そのキッカケは「手紙で告白された」「放課後、呼び出されて告白された」と、女子からのアプローチによるものが多いようだ。

 仕事が忙しければ忙しいほど、丸裸の「男と女」になる
つまり、仕事が忙しければ忙しいほど、丸裸の「男と女」になる。
こうして仕事をしていれば、女としての力量がいかに大事かがよくわかるし、成果を出そうと思えば、必然的に女も磨かれる。
だから、疲れないし、すればするほど、充足する!!(&若返る♪)
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逆に、仕事に没頭しているつもりで、「仕事」と「女」を切離してしまうのは、「仕事と家庭が分断」したり、「男女は駆け引き関係」という、旧い私権時代の観念の名残なんだろう。それは、疲れるとおもう。

>本来、男女関係の根底には、大きな安心感や充足感と言った心の交歓があります。
>その背景には、お互いが相手の全てを肯定視し、その期待や想いに応えようとする相手発の想いが有りました。
>かつての日本の村落共同体では、生産課題も家庭で共有していたため、公私の区別など存在せず、課題共認に基づいた深い信頼関係で結ばれていたと言えます。
例えば、チームや課題ごとに、男女を楽しめる♪お相手がたくさんいる☆(チームの数だけ旦那さま・彼氏がいる♪)ってくらいの、感じで、”男と女”として仕事していったら、いいんじゃないかなっておもいます☆

投稿者 tanog : 2018年12月27日 List  

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