| メイン |

2014年07月11日

沖縄にある力に学ぶ~最終回:自分達の社会を自分達で作る!

これまでシリーズでは沖縄の力を3つの観点で見てきました。

1.沖縄人が持つ人間本来の生命力
(沖縄に在る力に学ぶ~岡本太郎が見た沖縄の力)

2.性をベースにした女性発の集団力
(沖縄に在る力に学ぶ~沖縄文化に見る女性力)

3.共同体を基盤とした共生国家としての自治力
(沖縄に在る力に学ぶ~琉球王国は侵略か自治か?)

三線1

 

 さて、冒頭のプロローグ(沖縄に在る力に学ぶ~プロローグ)でも提起しましたが「沖縄で歴史的に継続されてきた部分に日本人としての“本物”が隠れているのではないか?私たちが渡来文化の中で失われた資質が今も息づいていないか?今回はその答えを探るべく最後の追求を重ねてみたいと思います。

 にほんブログ村 歴史ブログへ

 【暗黒時代と呼ばれる中でも生き延びてきた沖縄の人々】

前回の記事(沖縄に在る力に学ぶ~琉球王国は侵略か自治か?)で、琉球王国成立を扱いましたが、その後の沖縄も見ておきます。
琉球が自治の時代として輝かしい沖縄の歴史時代だとしたらその後の時代はまさに沖縄の暗黒時代として語られる時代になります。

沖縄は1637年、琉球国は残りながらも実質、島津藩の配下に入り厳しい人頭税をかけられます。人頭税をかけられたのは八重山と宮古だけと言われていますが、概ね奄美から先島までの沖縄全島が島津藩の金策の下に組み込まれていきます。この時代の沖縄からの搾取は記録も様々に残っており、本土の年貢とは比べ物にならない厳しいものでした。しかし、そういった中で以下の記録は沖縄の人々が決してその搾取に屈していない事を示しています。

島津藩配下に置いて厳しい人頭税を掛けられましたが、税廃止後の布に比べ昔の方が糸がしっかりとしており、産業化が進めらた大正時代以降はそれまでの手法が敬遠されてしまったと言われています。布作りは糸づくりから始まる染織。織る集中力や、精神力、根気など、発揮する力は相当なものが想像されます。「ただ、上からの強制で、苦しいだけの仕事をしたのではなく、織り手の織る事への敬虔な思いと誇りがあったのではと想像に至ります。

八重山布

(画像はこちらからお借りしました☆)

 明治以降も中央政府からの搾取は続きますが、決定的にしたのは太平洋戦争です。敗戦後米国の領土として数十年間、日本国民としての主体を奪われますが、敗戦後には直ぐに自らの生活拠点を立ち上げて行きます。

戦後物資が不足するも民間貿易が禁じられる中、沖縄から薬きょう・銅線を運び出し、日用品や食料、医薬品を海外から持ってくる。密貿易を通じて、沖縄を支えた金城夏子。復員者300名以上を受け入れ、女船頭として、漁業団を結成し、本土の役人相手に自ら先頭を切って乗り込んでいき、沖縄の水産物の価格向上に尽力した照屋敏子。戦争という、激動の中、登場した彼女らですが、その彼女らを輩出したのは、沖縄の文化、沖縄に根付く女性の力に他ならないのではないかと感じています。

そして現在、沖縄知事の国に対するスタンスや、教科書問題、政治参加意識の高さ、デモの凄さからして、本土の日本人にはないものを残しています。

【沖縄を取り囲む2つの外圧】

さて、こういった沖縄の民族性がなぜ出来上がったのか、外圧の視点で考えてみました。

一つ目は高い自然外圧です。

沖縄本土の気候は亜熱帯で、先日の台風8号で日本中の人々が実感した様に、沖縄は大型台風の通過数、接近数が非常に多い。さらに、数十年置きにM6以上の地震も起きていて、加えて津波の脅威にも晒されています。

台風

(画像はこちらからお借りしました☆)

2つ目が高い支配外圧です。

沖縄は立地的に大陸文化を受けずに始原共同体が温存されてきましたが、中世以降の時代に列強国の間で高い外圧を受けます。
日本、中国、欧州と南シナ海から東南アジアの交易権を巡ってそのちょうど中間に位置する沖縄は拠点地域としておいしい立地でした。アメリカが日本支配の果てに唯一、沖縄を所有したように沖縄を押さえる事で南中国から東南アジア、台湾に至る海域を支配する事ができる地域なのです。

これら2つの外圧に対して以下の力で対応していきます。

m163.gif自然外圧に対しては共同体としての本源性の強さを持って対応してきました。

久高島では、全ての女は神女となり島の守護者となり男は祭祀を経済的に支えました。戦前まで、働き盛りの男たちは、北は奄美、南は宮古、八重山、台湾、さらに南洋まで出漁し、半年以上島を留守にするのが常だったので、男たちが出漁中、女たちは農業をし、子供を育て、祭祀をおこない、出漁中の男たちの安全と大漁を祈り、ひたすら男たちの帰りを待って暮らしていました。女にとって守るべきものは家族に留まらす、島全体であり、それは生まれたときから皆がになう役割として共認されていたものでした。神女の役割は、家族という性がベースにあって成り立つ関係の中から出てきており、女性の持つ、愛護=充足力こそが守護力の源になっているのです。

m163.gif列強国に対しては、複数の共同体を連携して社会として統合させた列島国家としての共同性を持って適応してきました。

多数の島を統合するには社会が必要です。この支配圧力に対して交易国家として身を立て、利害が対立する国家間を取り持った共生外交はまだ国家としての体すら成していない沖縄の民族を存続させました。数千の島々が同一言語に統合され、島々を交易で繋ぐ、島々を統合した国家「琉球王国」は平素は各島々の共同性に統合を任せ、緩やかな連合国家をなしていたのではないでしょうか。

(画像はこちらからお借りしました☆)

沖縄列島

次に、厳しい外圧と克服する力の源を以下のように考えてみました。

外圧は時に自らの集団の存続を脅かす存在になります。ひどい台風や地震、外国の侵略圧力は度々、沖縄の共同体社会を秩序崩壊の危機に陥れます。その圧力に晒される度に沖縄の人たちは唯一の基盤である共同性を拠り所に、どう生き抜くかを考え(追求し)対応してきたのです。それが冒頭の人間本来の生命力の正体であり、最後まで共同性を手放さなかった沖縄の力です。言い換えれば自分達の社会を自分達で作るという事を数百年の間に何度も経験してきたのが沖縄の生きる力強さではないかと思うのです。

【現在の日本を囲む外圧】

翻って現在の日本においても同様の現象が起きています。
契機は原発災害に端を発しますが、以降、政治不信、医療不信、マスコミ不信も相まって人々は政治に頼らず、ネットや人を通じて自ら考え始める事を始めています。最近の人々の意識の潮流は以下のようになっています。

 秩序崩壊⇒目の前が真っ暗⇒どうする?⇒自ら考える⇒自給志向⇒追求志向
                 ↓    ↑
                お上は頼れない

 【何を沖縄に学ぶか~自分達の社会を自分達でつくる~】

日本と沖縄は自然外圧も違うし、これまで受けてきた外圧も異なります。
しかし、ここに来て我々日本人はようやくお上に頼れない、このままでは日本自体が存続しない、という高い外圧に立たされています。しかし、既に本土の日本人は沖縄のような共同体は持っていません。

同じように共同体を拠り所とすることは出来ませんが、人々は未知の探索をしており、何かおかしい⇒フェイスブックなどを使いネット探索→発信をしている人が急速に増えてきています。彼らが同志として繋がり、追求ネットワークの構築(新事業体)を起す事、それ自体が、これまでの村落共同体に変わる拠り所となっていくのではないでしょうか?
その為にも本シリーズでの学ぶべきは、沖縄の人たちがこれまで育て、今も実践している「自分達の社会を自分達で作る」という志です。そしてその志を受けてまずすべきは私たちの生きている場(=世界)の把握です。

私たちは共同体こそ失いましたが、縄文時代以来、DNAに刻印された共同性、集団を繋ぐネットワークの力が引き継がれ残っています。今、追求の時代に入って、改めてこの特性を活かし、追求の為に共同性が使われる新しい時代の入り口に来ているように思います。かつては共同体を基盤として追求した時代から、追求の為に同志が集まる新たな共同体の時代がやってくるように思います。

(by nisi-ka)

 

 

投稿者 tanog : 2014年07月11日 List  

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://web.joumon.jp.net/blog/2014/07/1941.html/trackback

コメントしてください

*