「縄文時代、人は何を考え、何を築いてきたか」第7回~アスファルトは素材の特性を知り尽くした縄文人の知恵の結晶 |
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2019年04月04日
脳の進化過程から人類史500万年を見直す
人類史は現在の学説では600万年前とも500万年前とも言われている。
サルが木から下りて2足歩行をできるようになった事が確認されたのがその時代という事で認識されてきた。脳の容量は猿人のアウストラロピテクスの段階で375ccでチンパンジーの350ccからわずか25cc大きくなったに過ぎない。サルから人類への進化は2足歩行がまず始まり⇒脳の容量UPという理屈だ。しかし現在の人類の種であるホモサピエンスは最大遡っても30万年前、同様にネアンデルタール人やデニソワ人も同様の時代に登場した。それらの新人に繋がる種(中間種の人類)は見つかっていない。
ホモサピエンスの脳容量は最終的には1350ccとサル時代の脳容量からは4倍以上に大きくなっているが、人類の脳が500ccを超えたのはホモハビルス時代の150万年前~20万年前の期間に過ぎない。つまり、人類の脳は500万年前から徐々に順調に大きくなったのではなく、約400万年間は殆どサル時代と変わらず、50万年前前後を起点に何らかの要因で急激に大きくなったのである。
人類とサルを分ける最大の違いは2足歩行だろうか?おそらく誰に聞いてもサルと人類を分ける起点は脳の容量であると考えるに違いない。つまり、人類史を500万年前としてよいのか、を改めて脳の進化という観点で見直してみる必要があるのではないか?
下記のブログでも同様な疑問が書かれている。リンクより引用
>人類の進化を脳容量の変化という観点からたどると,興味深いことに,類人猿までの進化には相当手間取ったらしい.
ヒトに最も近いチンパンジーの脳の容量は400cc.霊長類の歴史では,ここから500ccの大台に乗るのまでに400万年という時間を要した.逆に,それ以降の進化は早い.300~200万年前のアウストラロピテクス・アフリカヌスの段階で450ccになった後,230~140万年前のホモ・ハビリスでついに550ccを記録.さらに,150~20万年前のホモ・エレクトスでは1000ccとなり,40~2万年前に生存したホモ・ネアンデルターレンシスでは1500ccにも達した.ちなみに現在まで続く新人たるホモ・サピエンスの脳容量はむしろ若干少なく,1350ccである.この進化の過程で,漸進的に顎が後退し,体毛が喪失した。
人類はミッシングリンクといって人類の祖先が進化して現代の人類になった訳ではない。地上に降りたサルが何度も絶滅しては新たな種が登場し絶滅する。その中で生き残ったのが現在の人類に繋がるホモサピエンス(30万年前に登場?)である。人類史を500万年前とする根拠は今のところ見つからない。地上に降りたサルを人類と呼べば別であるが。さらにアフリカを出てユーラシア大陸に向った種も10万年前である。人類はどこで誕生し、どうやって、なぜ脳を拡大し、その後の人類史に繋がったのか、そこの解明が必要だ。
■今回のシリーズは人類史の始まりという視点で下記のテーマに分けて追求していきたい。
1.猿人は地上に降りたのか、落ちたのか?
2.ミッシングリンクとは何か?
3.脳を爆発的に大きくさせた要因は何か?何があったのか?
4.言語と脳の関係、精霊と言語の関係。
5.脳の進化史から人類史を改めて設定する。~何を以って人類と呼ぶか?
投稿者 tanog : 2019年04月04日 TweetList
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