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2014年04月11日

沖縄に在る“力”に学ぶ~プロローグ

今回のシリーズは沖縄を扱っていきたいと思います。まず最初になぜ今回、沖縄なのか?の問いを立ててそれに答えておきたいと思います。沖縄についてはずっとどこかで一つのテーマとして扱いたいと思っていました。

沖縄は文化、性質共、最も日本人の原型を成している と聞いたことがあります。これまで沖縄は言語学、DNA分析では原日本人であることが言われてきており、その説には2つのルートがあります。

一つは沖縄源流論です。~元々縄文人が沖縄から流れてきて日本に漂着、その後の縄文時代を形成したという説です。もう一つは九州からの移動論です。~南方系渡来民が九州で縄文文化を作り、そこから流れてきた縄文人が沖縄に定着し、その後の沖縄の歴史を作ったという考え方です。2つは未だに決着を見ていませんが、いずれにせよ沖縄には縄文時代に形成された文化がその後の歴史に大きな影響を与えている という事です。

私は沖縄が最も日本的(縄文的)であるとする要因は石器時代を含めた創始の時代より、その後の歴史にあると思っています。

沖縄は本土の歴史に比べて800年から1000年ほど遅れています。文字が使用されたのは13世紀以降、鉄器を用いた農業が始まるのは14世紀です。仏教は13世紀まで伝わらず、国家という形態をなすようになるのも15世紀初頭です。つまりは、紀元前3世紀から始まった本土での弥生化、朝鮮半島経由の農業国家の歴史の洗礼をほとんど浴びていないのです。沖縄は日本文化に取り残されたという見方はありますが、その事により沖縄は長く、縄文時代に培った人的、文化的資産が残存熟成し、今日まで縄文時代がほぼ直線的に繋がっている稀有な地域の一つでもあるという見方が成立するのではと見ています。

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沖縄の海

http://oknwphoto.blog103.fc2.com/blog-entry-20.htmlよりお借りしました。

 

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岡本太郎は沖縄文化を縄文文化の継続系だと見ている一人ですが、芸術を生命の発露と捉える氏の着眼点は、沖縄の人達が持つ生命力や感性の強さです。岡本氏は日本文化や日本人的と言われる様々な事象、造形物は弥生以降に作られた偽者だと指摘しています。岡本氏の考えはこのシリーズの中で別途紹介していきますが、私達は岡本太郎が直感した“偽者”“本物”の部分が今回のテーマの答えに関連するのではないかと思っています。

つまり、沖縄で歴史的に継続されてきた部分に日本人としての“本物”が隠れているのではないか、私たちが渡来文化の中で失われた資質が今も息づいているのではないか、そう考えています。

 それを今回のシリーズでは“力”というキーワードで繋げていきたいと思います。この力とは何か?イメージする上で2つの事例を紹介します。

★一つ目は沖縄知事です。沖縄知事は歴代一自治体の単なる代表ではありません。知事は国家権力になびかず、戦う道を選びます。現在も米軍基地の問題で揺れ動いていますが、常に「国に物申す」のスタンスを貫いています。同様の知事が他県にいるでしょうか?また知事を支える庶民も決して政治に無関心ではありません。当然投票率も本土より高く(70%前後)、知事も庶民を無視して政治運営はできません。まさに庶民の長老の位置にいるのが現在でも沖縄なのです。本土では政治的無関心が極みまで進み、今やマスコミも政府もやりたい放題、国民は既に見放していますが、正面から意見するものは稀少ですし、そもそも日常会話の中に社会をどうするといった言葉が出てきません。つまりは、本土は朝鮮半島からの支配の歴史の中でお上と庶民に分離、政治はおまかせ、庶民は意見せずという形が長らく続きすぎたのです。これが現在の日本人の政治無関心、アメリカ支配の温床になっています。

沖縄にある第一の“力”とは、共同体と同質に社会を考える力です。自分達の生きる場の延長に政治も社会も見つめており、意見をはっきりとそれぞれが持っているという庶民の力です。

★ 2つ目は復興の力です。沖縄は太平洋戦争で壊滅状態にまで追い込まれました。

さらにその後に米軍が残り、沖縄を合衆国の州にしようと企みました。しかしこれほどの逆風の中にあって沖縄の人達は着実に力をつけ、復興してついに73年、日本返還を勝ち取りました。災害時に日本国民が優れた集団性を発揮し、黙々と復興に尽力する国民性はこの間の東北震災でも語られてきましたが、沖縄は島津藩に支配された時代から含めて歴史的に外圧を受け、耐え、克服してきた民族なのです。にも関わらず、悲壮感はなく、常に時の外圧に真正面から向き合ってきたのが沖縄の歴史だと思っています。

2つ目の力とは、侵略や支配の圧力に屈せずに戦った闘争心であり、民族としての結集の力です。

 

★★そしてこれら沖縄が持っている力は決して沖縄オリジナルなものではないと思っています。★★

弥生的洗礼を受けていない沖縄だからこそより濃密にその力が温存されており、有事にはそれが発揮される、そしてその実態は縄文時代に作られた共同体としての紐帯の強さでありそれをベースとした社会の作り方だと思っています。

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沖縄シリーズの始まりに以下の岡本太郎氏の言葉を紹介したいと思います。

この記事が書かれてから40年経ちますが、今でも私たち本土の人に渇を入れています。

 

>今日、日本の内部はまったく同質化してしまっている。多少のニュアンスをのぞいて、北から南まで顔つきから服装、生活の中における意識、道徳感、それを条件づける生活環境も、またほとんど変わりがない。ところが沖縄はまったく異質の天地なのだ。本土とはまるで違っていながら、ある意味ではより日本的である。あの輝く海の色、先ほども言った沖縄の人たちの人間的な肌ざわり。もちろん、あの「沖縄時間」を含めて本土の一億総小役人みたいな小じんまりした顔つきにうんざりした人は、沖縄のように透明で自然なふくらみ、その厚みのある気配にふれて、自分たちが遠い昔に置き忘れてきた、日本人としての本来の生活感を再発見すべきなのである。

 沖縄返還に際して寄稿された~1972年10月 「沖縄文化論―忘れられた日本」より抜粋~中央公論社刊

 

沖縄に学びそこから発掘される、人、文化、意識の中に私達日本人がこれから乗り越えていかなければならない課題への取り組み方やヒントがあるのではないかと思っています。そしてそれこそが次代の日本人の可能性であり、縄文資質の現代的適応のありようではないかと期待しています。

 

★★シリーズは以下の題目で進めていきます

1.岡本太郎が見た沖縄の力

2.沖縄文化に見る女性力

3.「おもろさうし」が繋げた共同体と社会

4.琉球王国は侵略か自治か?

5.呪術師「ユタ」が伝えた精霊信仰

6.現在の沖縄の光と影

7.沖縄の力の源泉とは何か?

 

どうぞお楽しみに!(by tano)

投稿者 tanog : 2014年04月11日 List  

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コメント

沖縄の精神文化は、日本人であるより先に沖縄人であるという根強い県民意識でしょう。琉球王国の独自性を引き継いでいるということだと思いますね。

投稿者 根保孝栄・石塚邦男 : 2015年7月1日 01:20

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