| メイン |

2017年05月02日

日本史を学ぶなら「縄文」からがおススメ~最終回 「戦争をしない技術」は縄文由来

先週の実現塾で戦争の起源と歴史が扱われた。

戦争の起源は6000年前、地球規模の急激な寒冷化、乾燥化から中東で始まった。
遊牧民がオアシスの農民を襲って始まった戦争という(略奪生産)様式は、たちまち玉突きで周辺地域に広がり、ユーラシア大陸全体にその後2000年かけて拡大する。
しかし、中東からギリシャの戦争が皆殺しの民族闘争であったのに対し、中国以東での戦争は覇権闘争となり、戦争の様相も変わっていた。それでも日本に戦争が入ってくるまでにはさらに2000年を要し、弥生時代初頭にその始まりが確認されるが、玉突き的に拡がるものでもなく、たちまち縄文体質によって戦争をしない方法(古墳築造や、クニ連合の形成)を集団間で作り上げていった。

日本は縄文時代1万年間に戦争の歴史がないというだけでなく、その後も侵略戦争を受けておらず、金貸しと国内の田布施勢力によって仕組まれた太平洋戦争に巻き込まれるまで、ほぼ一貫して戦争を経験しない国であった。
戦争はなぜ起きるのか?は歴史書でもよく問いになるが、戦争はなぜ起きないのかという問いは少ない。しかし、日本人の最大の特徴は戦争を起こさない技術を有しているという事でも有り、現在金貸し主導の武器屋とその手先の安倍政権によって日本が戦争のできる国に変えられようとしている。北朝鮮による挑発も全て彼らの仕組んだ世論操作で、不安を掻きたて戦争国家へ誘導している。

今、最も日本人として踏ん張らなければいけないのは、このそそのかしの手口を見抜き自らの本源性をもって戦争をしない国を貫くことである。

これらを雄弁に示す、るいネットの4つの投稿を紹介します。

 にほんブログ村 歴史ブログへ

 >国力から言って、北朝鮮などと言う取るに足らぬ国の脅しに対して、膨大な軍事費を掛けた自衛隊の装備の多くが陳腐化していることに気付かねばならない。また軍事的常識だが、国際的世論の非難を浴びる都市攻撃よりも軍事基地の攻撃を優先して防衛力を排除する方を選ぶことを重視すれば、まず為すべき事はそうした攻撃に耐える堅固な基地の構築なのだが、果たして政府にしろ防衛省にしろ、どこまで認識されてい
るのだろうか。さて防衛手段は別として、では安全保障としての核武装以外の対策はあるのか。

荒唐無稽と嗤われるかもしれないが、私は日本という、縄文以来平和の技術を継承してきた日本において、世界に貢献する「平和的技術」の存在価値を最大限に謳うべきだとしている。(以上抜粋)  

中村忠之氏の平和的技術とはまさに日本人が持つ本源性そのものだと思う。しかしそれを平和的技術と称した中村氏のアイデアは素晴らしいと思う。戦争自体が、陳腐なものになり始めている現在、日本人はその本源性を使って国と国の間を埋めたり繋げたりと様々な社会的貢献をしていくのに機は熟してきている。
紹介投稿日本人の武器は「戦争の技術」ではなく「戦争をしない技術」

>セム語や印欧語族の言語は、動容詞が前にくるようになっただけではない。皆殺しの侵略戦争の結果、本源的な共同体は徹底的に破壊され、それまで集団を律していた不文律の規範も破壊されて終った。そこで、彼らは人工的な法文や契約によって社会を律してゆくことになった。
その結果出来上がったのが契約社会であるが、契約社会では常に主体とその対象を明示しなければ、個々の関係を律することも社会を律することもできない。そして、そのような言葉が書き言葉として定着してしまうと、主体や対象を省略しても意味が通じる場合でも、必ず主体と対象を明示することが普通になる。

それに対して、侵略を経験していない縄文人→日本人の場合は、語順が本源的なS・O・Vのままであるだけではなく、本源的な不文律の規範が濃厚に残存しているので基本的に共感社会であり、主体や対象を言葉にしなくても通じる場合が多い。この点も、日本人がそれらの言語を習得する上で、よく心得ておくべき重要なポイントである。
紹介投稿【言語の進化】12.侵略戦争による優先動詞の多用と語順の大変化

>縄文人の社会は争いが少なく平穏だった―。岡山大大学院社会文化科学研究科の松本直子教授(認知考古学)、山口大国際総合科学部の中尾央助教(科学哲学)らの研究グループが、全国の縄文遺跡で出土した人骨を調べ、暴力による死亡率を分析。欧米などのデータと比べ5分の1以下の「1%台」と算出し、英国の科学雑誌に30日発表した。
発掘調査報告書で、出土人骨の状態が確認できる国内242の遺跡から、成人の人骨1275体のデータを収集。13遺跡の23体に何らかの武器で攻撃を受けた痕跡があり、割合は1・8%だった。子どもも含めると0・9%まで下がる。岡山県内では津雲貝塚(笠岡市、国史跡)など5遺跡の113体のうち、船元貝塚(倉敷市)の1体だけ、胸部に石鏃(せきぞく)が刺さっていた。

欧米やアフリカでは、縄文期と同じ狩猟採集時代の遺跡から大量虐殺を示す人骨が発掘されるなど、暴力での死亡率が十数%を占める研究データがある。テロや紛争が頻発する世相と絡めて、人類学や哲学の分野で「戦争は人間の本能」との考えが広がりつつあるという。
今回の結果を、松本教授は「縄文期の日本列島は、狩猟採集できる食糧がまんべんなく分布し、人口密度も低いことから集団間の摩擦が少なかった」と分析。さらに「人類が必ずしも暴力的な本能を持ってはいないことも示す。戦争の原因を人の本能に求める風潮に再考を迫る一歩になる」としている。

紹介投稿~戦争は人間の本能ではない ~縄文時代は、やはり平穏だった~

>戦国時代が、他の時代よりも武力解決に拠るところが多かったのは事実ですが、決して合戦に明け暮れていたわけではないようです。
むしろ戦国大名は、民衆の安全と生活を保障し、治安を維持する事に心血を注いでいた様です。また民衆も、自分達の共認統合をより強め、自らの共同体を維持する事に努めました。
戦国時代とは、むしろ日本人の持つ本源性・共同性や、「民への配慮」という支配者層の統治志向が強く顕在化した時代だったのではないでしょうか

紹介投稿戦国時代は、本当に戦争に明け暮れた時代だったのか。

 

投稿者 tanog : 2017年05月02日 List  

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://web.joumon.jp.net/blog/2017/05/3205.html/trackback

コメントしてください

*