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2022年12月06日

続縄文時代 フゴッペ洞窟に描かれた壁画の意味

北海道にあるフゴッペ洞窟は昭和25年(1950年)に発見され、

そこには人物や動物、船などを象徴したような原始的な模様が彫り刻まれていました。

 

これは続縄文時代後半に彫られたと推測されています。

 

当時壁画はなぜ書かれたのか、そしてこの壁画はなにを意味しているのかを解明していきたいと思います!

 

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<フゴッペ洞窟に書かれた翼と角を持つ人間>

壁画に描かれている角や翼を持った人物は、動物に変装した呪術師 (シャーマン)とされ、

おそらく、フゴッペ洞窟はこの地域の海山豊穣を願う、「聖地」であったと思われます。

 

これらはシベリアのサカチ・アリアン遺跡の壁画にも手宮、フゴッペと同じような舟や角を持った人物の絵が描かれており、

当時日本海を囲む大きな文化の流れがあったものと推測できます。

 

翼のある人物像(有翼人)(リンク

※ちなみにフゴッペ遺跡からは「後北式土器(2700点)」が出土しているため、

続縄文時代の遺跡ではないかといわれています。

 

 

続縄文時代の後北式土器(リンク

 

<壁画の意味、力を取り巻くシャーマンの描画>

シャーマン的な技術をもった呪術師が2~3万年前に誕生し、動物の皮や角を付け、動物を引寄せることや、

狩猟の豊猟を願う儀礼となって行っていました。

 

その容姿は、牡鹿の枝角と耳、狼の尻尾を付け、人間の手足、顔は猿の様なマスクを付けて踊れば、

狩猟民を守る神の踊りとなり、狩猟を支配する「狩猟神」となって毛皮を身にまとった完全なシャーマンの姿となります。

 

この呪術的行為は自分たちの死や、病気の人を見たり触れたりするうちに、強い人間、強い動物に触れると、

自身が強くなれることを学び、超自然ものに宿り、様々な像を創って、強い力を持つことができると考え、

祈りを捧げたと考えられ、見えない力(波動のような)を表現するために文字ではなく壁画(彫刻)で

表現したのではないかと考えられます。

壁画に描かれた人(リンク)

 

<死と再生>
  奥壁に塗色の有角人の刻画は、仮装人像にベニガラが塗られています。
血の霊力によって画像に生命力を与えるために、血の象徴である赤いベニガラで着色しているらしく、

赤色で着色することにより、崇拝する画像を強調し、その霊力を永く岩壁に止置くために儀礼を行ったと考えます。

 

この考え方は各民族が呪術・祭祀的な行事等に赤色(ベニガラ)を用いる習俗として共有し、

世界的にも広く分布している。洞窟人はこの洞窟に、血の霊力によって刻画像に生命力を与えたと考えられています。

ベンガラの付いたウバガイ(リンク)

 

 

 シャーマンによる祈り、その願いが壁画に描かれていたことがこの洞窟から考察することができる。
それは現実を写実的に記録する以上に、想いや欠乏が壁画に表現したかったのではないだろうか…とわたしは思います。

 

以上

 

引用:
「フゴッペ洞窟|余市に知られざる小さなパワースポットがあった!?」(https://www.tabirai.net/sightseeing/column/0000318.aspx
「手宮・フゴッペ洞窟」http://inoues.net/ruins/temiya_fugoppe.html
「手宮・フゴッペ洞窟壁画人は何処から来たのか」http://www.i-promotion.biz/book/book_5/download/book_5.pdf

「暗闇の中に刻画が!余市町「フゴッペ洞窟」で続縄文文化に思いを馳せる」(https://hokkaidofan.com/yoichi-fugoppe/)

投稿者 hanada : 2022年12月06日 List  

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