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2014年04月21日

日本における仏教が果たした足跡3~仏教が中国・日本に受容されたのはなんで?

 前回(日本における仏教が果たした足跡2)は、インド国内における仏教の多様化の様子を原始仏教から密教までみてきました。
 初期から比べると、かなり様変わりしている様子がおわかりいただけたかと思います。

 しかし、仏教以外の宗教、特に一神教を思い浮かべてみると、ここまで変わっている様子は見られません。そこからまた、仏教の特徴が見出せるのではないでしょうか?
 そこで今回は、仏教と一神教との違いから、多様化に対する考察をし、中国・日本において、主に大乗仏教が受容された理由を探って行きます。

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◆一神教との違い

 前回、仏教がインド国内において、多様化(変化)していく過程を見てきました。 
 この過程を見てくる中で分かってきたことは、初回(日本における仏教が果たした足跡1)で分かった、ブッダが固定的な「悟り」や「真理」を説かなかったことに加え、「他者否定」の宗教ではなく、「学ぶ」ことが前提にあるということです。これは、仏教が共同体性を残すインドで生またことに起因していると考えられます。そのため、地域や時代毎の認識を吸収し、教えの本質は変えずに、枝葉の部分を組み替えることで、適応し多様化してきました。

 このことは、一神教(キリスト教やイスラム教等)が、共同体性の喪失による「他者否定の自己正当化」がその根底にあり、「信じること」に重きを置いていることと、趣を異にしています。そのため、一神教(キリスト教)は初期に成立した聖典からほとんど中身は変わらずそのまま残っており、キリスト教で言えば、カトリックとプロテスタントという以外に、地域毎にその教えが異なるということはありません。
 むしろ安易に変えてしまえば、その正当性が揺らぐことになりかねません。

 つまり、一神教が変わらないことで生き残ってきたのに対し、仏教は変わることで生き残ってきた「適応型宗教」と言えます。

 

 ◆国家に対する考え方の変化

 前述のように、変わっていく仏教ですが、その過程において、国家に対する考え方を大きく変えている仏典も登場します。

 原始仏教から部派仏教の頃までは、個人の「悟り」に焦点を当て、出家も在家もあくまでも個人の利益のみを追求する姿勢でした。それが、大乗仏教の中期~後期になってくると、個人のみでなく、国家の利益についても言及するようになります。

 特に国に対する考え方として顕著なのが、国王に対する見方で原始仏教経典では、「人民が人民の生活のために、国王を雇っている」という「国家契約説」の立場をとっているのに対して、後世の一部の大乗経典(「金光明経」)は、「国王は神々の子であり、神々から使命を託されて神々に守られている」という「国王神権説」の立場をとっているという点です。

 その上で、国王が仏教に帰依し、法(ダルマ)に基づいて政治を行うならば、国に利益がもたらされると考えられました。

 ただ、このような考え方は、元々インドの古代末期から中世にかけての封建社会を規制したバラモン教の法典にあるものを、外来の支配者による国家が増えたことで、後世の仏教徒が社会的通念として言及しただけにすぎないものであり、少数派です。
 むしろ、現実の国家形態としては、ブッダはヴァッジ族の共同体的政治を最も理想的な政治形態として賞讃しており、「国家契約説」的考え方は、他の大乗経典にも残っています。

 にも拘らず、中国や日本では、外からやってきた支配者の正当性を主張するため、「金光明経」くらいにしかない「国王神権説」を取り上げ、これを根拠に国を治めようとしました。

 仏教においては、元々一切衆生の利益安楽を願い国家もその一部であるという認識ですが、ここにおいては王室(皇室)の繁栄が主要目的とされ、民衆の安楽は二の次とする思想となり、中国・日本における中央集権的秩序に順応するものに変えられました。

 そうして、ここに「鎮護国家」という一つの明確な観念が成立することとなりました。

 

 前々回、前回と2週続けて見てきたように、仏教はその特性上、状況に応じて変化することを厭わない宗教、むしろ積極的に変わっていく宗教ですが、その弱点として、支配者の都合の良いように利用されてしまう危険性も孕んでおり、この点においては、一神教と大差なくなります。

 また、多様化することで、経典の中身が多岐に渡り、複雑化し、より難解になってしまうというデメリットもありました。そして、その度にインドや中国では体系化が行われますが、日本においてはむしろ、「難解だからこそ有難い教え」として漢文のまま輸入され、支配者の都合の良いように利用されました。

 

 次回からは、ようやく中国、日本での仏教を見ていきます。

 インドで多様化した仏教が、国が変わることで、どのように変わっていくのか?ご覧下さい。

**参考文献**

「原始仏教から大乗仏教へ」中村元
「大乗仏教2」中村元

投稿者 tanog : 2014年04月21日 List  

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