| メイン |

2021年06月11日

縄文人は家の形態に何を込めたか~それは、生命の誕生~子宮であった

縄文時代は竪穴式住居であるというのは誰もが知る既知の事実ですが、なぜ竪穴なのかという追求は実に学者であってもまともにしてきていません。学校教育の弊害みたいなものですが、なんで、なぜという疑問がないまま知識を頭に詰め込むというのはこういう事です。
それはさておき、前回の記事で紹介した大島直行氏の「月と蛇と縄文人」の著書の中でまた新たな発見というか見解が展開されていました。これも実に本質をついており、家の形とは機能性や合理性ではなく精神性にあるという見方、なるほどです。そして家とは再生を願う母の子宮のシンボリズムであるという知見は縄文に限らず、アイヌやその他の古代民族に多く見られる考え方として紹介されています。

著書の中から原文を紹介します。

【縄文の竪穴住宅はなぜ円形なのか】
縄文の竪穴住居の形ですが最初は円形に作られています。柏台1遺跡から見つかった旧石器時代の住居も、石器の散らばり方から見ると円形であったことが推測されます。実は縄文時代もそれ以降の時代も、家の形がどのようにして決められたのか、竪穴の深さや柱の位置や数にも意味があるのか、まったくわかっていません。それどころか、なぜ家を竪穴にしたのかといった根本的な問題についても、誰にも解き明かさてはいません。

日本列島では少なくとも9世紀(平安時代)に至るまで庶民は竪穴住居に済み続けていたにもかかわらずです。現在に生きる私達は誰でも壁と床のある地上の住居に住みたいと思いますが、縄文時代は、高床構造の建物(倉庫という説が一般的)を発明しているにもかかわらず、竪穴式の住居から離れようとしないのです。考えてみるとこれはとても不思議なことです。いったいそれはなぜなのでしょう。

もし彼ら縄文人が寒さ対策などの合理的・機能的な理由で竪穴構造にこだわっていたとしたら、私達考古学者は彼ら以上に合理的で機能的な考えに長けているのですから、いくら何でもそろそろその理由を解明してもよさそうなものです。だとすれば、少し立ち止まって別な角度から考え直してみる必要があるのではないでしょうか?

おそらく縄文人は私達現在人が考えているような合理的、機能的な考え方では住居を作ってはいないと思います。彼らの独特なものの考えの中から、竪穴という構造が決められ、深さや柱の数、囲炉裏の位置、屋根の形などが厳密に決められていたのではないでしょうか。そのような住居に対する、とくに「竪穴」構造に対する基本的な考え方は、弥生時代や古墳時代になっても変わること無く受け継がれているわけですから、経済や社会の変革にも動じない確固とした「居住哲学」が日本列島には存在したと見るべきかもしれません。
そこには人間の根源的な心性に根ざした、きわめて精神的な、つまりミルチャ・エリアーデのいう呪術宗教的なものの考え方が横たわっているように思います。

【アイヌの家に関する田中基の考察】
そこでそうした人間の根源的なものの考え方と住居の関係について、ヒントになる事例を見ていきたいと思います。まずは家を女性の身体に見立てているアイヌ民族の考え方から、縄文の竪穴住居を子宮に見立てた人類学者の田中基の意見に耳を傾けたいと思います。
田中はアイヌの家に関する考え方をアイヌ民族の言語学者である知里真志保の報告から引用しています。アイヌは屋根を「チセ・サバ(家の頭)」、壁を「チセ、ツマム(家の胴)」
屋内を「チセ、ウプブル(家のふところ)」と呼ぶことに触れ、窓やひさしを鼻やまつげに見立て、家の構造材は「精霊の骨格」であり、葺いた萱は「その肉」だと紹介しています。

知里は報告の中で、チセ・ウプブルを「家のふところ」と訳していますが、田中はこれを「チセ・ウプブルは子宮の意味があり文字通り子宮と訳したほうが、屋内のもっている暗闇空間と、その中で寝起きする人間の生命は生みだされる容器ですし、炉は生命を育む食物を加工、変容させる源で、生命をつかさどる重要な家・炉・女性子宮をむすびつけたアイヌ民の世界観の深さには驚かされます」と結んでいます。家を子宮になぞらえるというシンボリズムは、アイヌ民族だけでなく、広く世界中に見ることができるようです。エリアーデが紹介したコロンビアの先住民コギ族が村も祭祀場も家も墓も全てを母の子宮と同一に考えていることは、ここでも重要な意味をもつのです。

【圧倒的に多い円形の家】
縄文から古墳に至る時代の日本列島の住居構造を調べた石野博信によれば、円形タイプの竪穴式と方形タイプの住居は、時代や地域によってゆるやかに偏在していて、圧倒的に多いのは円形タイプだといいます。住居の発掘例の最も多い5000年前後の時期にはおよそ80%が円形タイプだそうです。円形タイプの家は、弥生時代の後半から地域によっては古墳時代の前半にかけて、ほぼ方形タイプの家に変わっていくようです。ただし、住居構造の中心が竪穴であることには変わりがありません。

※まとめ
つまり世界中のさまざまな事例から考えると、おそらく人類の根源的な心性に基づく家つくりの考え方は変わることがないのだと思います。とくに半地下に家をつくることは、子宮のイメージと強く結びついているのではないかと思います。農耕文化が始まり、徐々に合理性に根ざした文化が広まっても半地下の家が容易にはなくならなかぅたのですから、それほど子宮に対する信仰は強いものだったのだと考えるべきでしょう。

投稿者 tanog : 2021年06月11日 List  

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://web.joumon.jp.net/blog/2021/06/4032.html/trackback

コメントしてください

*