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2016年07月07日

新説「日本史」第2回 徐福ネットワーク時代

m282.gif呉越人の渡来の後にやってきたのが、大和朝廷の創設者の本丸、徐福一派です。

徐福は秦の始皇帝の圧政に見切りを付け、村丸ごとで日本へ逃亡した史上最大の移民集団です。
それも当時最大権力者だった始皇帝を不老長寿の薬を蓬莱の島に採りに行くと欺き、舟と技術者を携え、それも2度にわたり日本へ向かって大船団を繰り出したのです。追っ手が来ることを恐れ、日本には敢えて少人数に分けて各地へ潜伏しました。始皇帝の圧制が終わって追っ手がなくなると日本で頭角を現し、文字通り技術と当時の中国の文化、文明を伝える先鋒になっていったのです。
元来、渡来の民を歓迎で迎える縄文の民は徐福一派の持ち込んだ文化を進んで吸収し、各地で徐福は伝説となっていきます。
今でも日本で徐福伝説が残る地は西日本を中心に各地に残り、その影響力の大きさを図ることができます。

征服でも支配でもなかった彼らの渡来は土着縄文人と混血し、各地で勢力を形成していきます。徐福という名を残しながら繋がった事で、土着混血し日本人になって以降も連綿と徐福一派としての横の繋がり、連携は残しており、後の大和朝廷を作った葛城ネットワークの母体となっていきます
第2回はこの徐福ネットワークの時代を見ていきます。

新説「日本史」~前半
新説「日本史」~後半

■呉越人時代(前500年~前210年) 300年間

■徐福ネットワーク時代(前210年~200年)400年間
秦の始皇帝の強権支配から逃れるべく徐福村率いる徐福は技術者3000人を集め、蓬莱の国で不老長寿の薬があると王を欺き、日本へ分散して各地に漂着。その後彼らは土着縄文人と混血し、日本に農業技術を初めとする大陸の文化を伝播させる。各地で豪族として頭角を現すが、遠隔で繋がり神社ネットワークと商業ネットワークを形成する。徐福ネットワークを統合していたのが200年頃に大和朝廷を立ち上げた豪族の長、葛城氏であった。

■葛城・物部時代(200年~450年)250年間
■葛城・高句麗時代(450年~550年)100年間
■蘇我(秦)時代 (550年~645年)100年間
■藤原(秦)時代 (645年~900年) 250年間
■武士時代(900年~1860年) 960年間
■藤原時代再来(1860年~現在) 150年間

m282.gif秦の始皇帝命ず

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m282.gif徐福村から出ずる

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日本に脱出してきた徐福が作ったネットワークが大和朝廷

m282.gif各地にばらばらで入る⇒現在でも残る徐福伝説

日本列島各地には今も「徐福伝説」が数多く残されていますが、どれも渡来人徐福集団と争ったというものではなく、様々な先端技術をもたらしてくれたありがたい存在として伝承されています。
徐福伝説が残るのは、例えば佐賀県武雄市、福岡県八女市、鹿児島県串木野市、宮崎県延岡市、広島県宮島町、京都市伊根町、和歌山県新宮市、三重県熊野市、愛知県熱田神宮、静岡県清水市、山梨県富士吉田市、青森県小泊村、東京都八丈島、東京都青ヶ島などがあり、20ヶ所程度に分散して日本列島に渡来しています。

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鹿児島での銅像
徐福伝説について

m282.gif銅鐸で広げた徐福ネットワーク
先に渡来した呉人の好戦性を最も現すのは青銅器文化の銅剣である。
銅剣は首長の埋葬に際して遺体に抱かせて埋蔵したと言われている。
同時期に畿内で見られた青銅器には銅剣がほとんどなく、専ら祭具としての銅鐸だった。畿内と尾張に見られる銅鐸はおそらく徐福一派率いる集団が広げていた可能性があり、平和裏に縄文人と融合していた証左でもある。

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m282.gif日本の豪族の最初の出自、最初の黒幕が徐福ネットワーク
但し、徐福一派が平和主義者で日本支配を全く考えていなかったかというとそうではない。
その後、大和朝廷に繋がる葛城氏や各地の豪族出自を繋いでいたのも徐福関係者であった可能性がある。

m283.gif古代豪族とは何か?豪族は渡来人が日本人になる過程で生まれた
豪族は最終的には大和に集結するが、同時に各地に地方豪族も存在している。豪族の最初の起点はおそらく中国の秦時代に各地にバラバラに逃げ延びた徐福一派(3000人)が作ったのではないか?その根拠は豪族のとりまとめに徐福一派の末裔と考えられている葛城が最初に大和を統合した事である。

m283.gif日本での最初の黒幕(裏の支配者)もまた徐福であった可能性が高い。
弥生時代再考(5)徐福がつくった日本支配の地下水脈

投稿者 tanog : 2016年07月07日 List  

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コメント

徐福ネットワーク・・・秦の始皇帝に「不老不死の薬を持ってくるので、船団を都合してほしい」と2度にわたって始皇帝を騙し、日本にやってきた徐福一族が、縄文人と混血して日本の支配者になった・・・銅鐸文化・・・。瑞穂の農業技術を広めた技術集団・・。

投稿者 根保孝栄・石塚邦男 : 2016年7月26日 09:27

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