弥生時代~銅鐸の謎~共同体社会の中で権力者が出現する時代 |
メイン
2022年06月10日
古墳時代の創造物『埴輪』―土偶との比較から見る埴輪の意味―
埴輪はつくられたのは、3世紀後半~6世紀頃と言われています。埴輪の形状を見てみると、筒状のものや、家、船、楽器をひいていたり、農具を持った人型など、その形状は様々です。そもそも、埴輪とは何のためにつくられ、その意味は何だったのか。形状の変遷や土偶との違いを見ながら、謎に迫ろうと思います。
〇何のためにつくられた?
いくつか仮説が上げられるが、大きくは以下のものと思われている。
「古墳に葬られた大王の埋葬儀式」
「次の大王が行う王位継承儀式」
「新大王の祭祀権威を誇示」
・『魏志倭人伝』に邪馬台国の女王卑弥呼が死んだ際100人の奴婢が殉葬されたという記録があるが真偽のほどはわからない。おそらく、中国の戦国時代におこなわれていた殉葬をイメージしたのか。
・『日本書紀』によれば、11代垂仁天皇は天皇の母の弟が亡くなった時、近集の者全員を生きたまま陵のまわりに埋めたてた。この悲惨な状況を見た天皇が、「出雲から土部(はじべ)を100人呼び、埴輪を作らせこれから後は埴輪を陵墓に立てましょう」と提言。(垂仁32年の条)。
※11代垂仁天皇は前9年に即位しており、この時期は弥生時代でまだ古墳も埴輪も出現していため、埴輪の起源を『日本書紀』からは推測しにくい。
兵士や兵馬を中心に構成された埴輪群は、B.C.221年に戦国時代の中国を統一した秦始皇帝陵の東に位置する兵馬俑群に類似しています。兵馬俑群がつくられた意味は、
・西にある始皇帝陵を東の敵から防御するため
・生前の始皇帝の生活そのものを来世へ持って行くため。
前方後円墳の頂上に配置されている埴輪群にもこのような目的があったと考えられる のではないでしょうか。
〇土偶との違い
【時代】
土偶は、今から約1万3千年前~約2千400年前の縄文時代に作られました。埴輪は、古墳時代であり3世紀後半~6世紀ころに埴輪が作られました。
【発見される場所】
土偶は、集落の跡から見つかることが多い。縄文の人々が住んだり、祭りや儀式をした、暮らしの場。埴輪は、有力者の墓である古墳から見つかります。
【扱われ方】
土偶は、女性が多い。妊娠した姿も多く、安産や豊穣を祈ったようです。精霊の姿だという人もいます。土偶は、意図的に壊されたものも多く見つかっていて、壊すことが、何かの祈りや儀式に関係していたのかも、と考えられています。
埴輪は、古墳の副葬品で、権力者の功績を表しているといわれます。偉い人の墓のためのものですから、意図的に壊すことはなかったようです。
【作り方】
土偶も埴輪も粘土を材料にした『素焼き』ですが、土偶は『野焼き』で焼かれます。
埴輪は、5世紀くらいからは窯で焼かれるようになり、ススが付かなくなりました
〇作者は誰?
縄文時代は平等な社会で、土偶を作る専門家がいたわけではなさそうですが、埴輪は『工人』と呼ばれる専門家によって作られたようです
似たような埴輪が広い範囲で出土するのは、強い大王が、模範となる埴輪の作り方を地方の豪族へと伝え、その『技術の配布』で権力の大きさを示していたと考えられています。
〇埴輪の時代区分
古墳時代は3世紀後半~7世紀頃の時代とされています。時代区分とそれぞれの特徴は以下の表のとおりです。前期、中期、後期に分けられ、円筒埴輪に始まり、形象埴輪へ発展していったと言われています。
〇埴輪の終焉
埴輪は前方後円墳とともに発展してきたが、6世紀後半から末にかけてつくられた二つの古墳を最後に埴輪は消滅。
推古天皇の世(在位592-628年)、聖徳太子や蘇
我馬子が力をふるった時期。大和国家が「本格国家」を目指した時期。すなわち、前方後円墳は①巨大な墳丘を築き②派手な葺石や埴輪で豪族の威勢を示し③大和政権と連合していることを広く内外に堅持し④その築造に参加することで共同体の一体感を醸し出していた。前方後円墳と埴輪は、本格国家の形成の幕開けとともにその象徴性を失い、300年以上に及んだ役割を終えました。
その後に出現した円墳や横穴式古墳さらには方墳や八角形古墳には埴輪は発見されていません。
八角形古墳(奈良・牽牛子塚古墳)
〇最後に
土偶も埴輪も、人の形のものがバリエーション豊かに沢山作られるというのは日本特有のつくり方と言えます。ただ、土偶と埴輪では、その成りたちと社会背景が違うということ。
縄文人は、狩猟採集で自然から何かを獲得する暮らしです。岡本太郎は『縄文の人には四次元にモノが見えていたのでは』というようなことを言いましたが、土偶には自然への敬いや畏れ、呪術的な要素が込められているように思います。
一方、埴輪の時代背景としては、古墳時代は、稲作が根付いた弥生時代のその後、大王や豪族が支配した権力志向の時代。情報の統一が重要になり、埴輪にもそうした背景が反映されているように思います。
参考URL
http://ciaomasaki.web.fc2.com/cc/dogu.html
https://withnews.jp/article/f0180803003qq000000000000000W09e10701qq000017752A
投稿者 anase : 2022年06月10日 TweetList
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://web.joumon.jp.net/blog/2022/06/5197.html/trackback