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2006年10月07日

メソポタミア文明:女性の意識

メソポタミア文明の婚姻制は概ね一夫一婦制で、極端な父系社会であったようです。
メソポタミア文明は様々な王朝の興亡=戦争の歴史が示しているように、支配の歴史でもあります。
そのような、支配圧力の中で部族間圧力も強かったようで、男上位の社会になったものと思われます。
しかも、極端な男尊女卑だったようです。
女性の意識に焦点を当てると、なぜそんな男尊女卑の世界になったか がわかると思います。
さーね

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以下、南風博物館-メソポタミア文明史→メソポタミア風俗史よりhttp://www005.upp.so-net.ne.jp/nanpu/index/index.html
>メソポタミアでは一般的に父系社会で、多くの場合、長子が財産権を引き継いだ。それだけに結婚は重要なものだった。その目的は跡取りを残すことで、もし夫人に男子が産まれなかった場合は、夫は第二夫人をめとることを奨励された。
 結婚は恋愛 によることはほとんどなく、両家の契約によって進められていた。結婚が決まると、型どおりの祝宴のあとで、法律によって定められた宣言を口頭によって行った。その後で、若妻は正式に家族の一員とされ、義父の家に移って結婚生活を始めるのであった。
>だが離婚するとなると、それは結婚よりもさらに困難であった。何よりも、女性側からの離婚が「法的に」認められていなかったのである。
>ある法律の条文には、このように記されている。
女性が夫を拒み、あなたは私の夫ではないと宣言すれば、彼女は川に投げ込まれる。男性が妻を拒み、お前は私の妻ではないと宣言すれば、彼は銀ひと山のうち半分を婚家に支払う」男女差別は、明文化されていたのである。 :o
>また浮気は、女性の側に限って、法によって厳格に禁止されていた。ウル第三王朝の王、ウル・ナンムによる法典には、「夫以外の男の腕の中にいるところを見つかった場合は、女はその日のうちに死ぬだろう」とある。浮気は死罪 だったのである。
法律に定めるほど、極端な男尊女卑の父系社会になったのはなぜでしょうか?このような婚姻制の中で、女性の意識に焦点を当てて考えてみると…
別の部族に嫁入りする事自体、女性にとっては不安が増大。 :cry:

強い部族間圧力の中で、集団内も闘争圧力大。別集団から来た女性はその圧力についていけない。(女性は闘えない) :cry:

結果、嫁いだ女性は集団内で役割も担えず一人ぼっち(一夫一婦制だからなおさら)非充足状態。 :cry:

自分の自我を充たしてくれる男=自分に都合の良い男に向かってしまう。→浮気 8)
恐らく、メソポタミア文明の初期では、浮気が横行したのではないでしょうか?
浮気が横行するだけ都合のいい男が増えることになり、部族間圧力が強い中で部族内統合に支障をきたします。よって、法制化し、厳罰を加えることで女性の自我を強制的に封鎖したのではないでしょうか

投稿者 postgre : 2006年10月07日 List  

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コメント

メソポタミアの粘土板に書かれた言葉で以下のような文面があったそうです。
「快楽の為には結婚、よく考えてみたら離婚」
「喜びに満ちた心で花嫁、悲しみに満ちた心で花婿」
「楽しみ、それはビール。いやなことそれは遠征」
「いつかは死ぬのだ、遣ってやろう。長くも生きたい、貯蓄しよう」
「友情は一日続くが、血の関係は永久に続く」
~抜粋NHkスペシャル「四大文明」より
現代人とあまりに感覚が似てますよね。だから浮気も・・・。

投稿者 tano : 2006年10月8日 01:57

浮気が横行したから、法制化して抑える必要があった。しかも、男たちは貴重な戦力だし、浮気の発端は役割非充足の女だから罰を受けるのは女とされていた。…そう考えると、何だか合理的な気がしてきました。
集団がうまく統制されるにはどうすべきかって、頭捻って法律作ったんでしょうね~。
それにしても、「川に投げ込まれる」って、いやだな~(-_-;)

投稿者 ザッキー : 2006年10月10日 18:41

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