2006年10月2日

2006年10月02日

オリエント―遠隔地交易人の登場

長い古代メソポタミアの歴史のなかで交易は発達したが、その中心は遠隔地交易にあった。この遠隔地交易は支配者の必要を満たすものとして、常にその独占と統制の下に置かれた。交易商人は、宮廷の官吏あるいは御用商人、一定の出自を持つ自国人商人、そして居留外国人商人という構成になっていた。
そうした中で、交易都市の形成、関税や通行税の徴収、度量衡の制定、そして法典の制定の必要性が生じてきた。
>この私権「文明」は、人類を含めて全ての生物がその中で育まれ、進化してきた本源集団を破壊した上に築かれている。しかも、

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投稿者 staff : 2006年10月02日  

2006年10月02日

メソポタミア文明におけるハンムラビ法典の概要。

紀元前3500年頃、メソポタミア(現在のイラク)に、最古の文明が花開きました。その担い手は、シュメール人といわれています。
彼らは、都市国家を作り、金属器を使い、世界最古の文字を発明しました。この文字は、粘土板にアシの茎を斜めに切ったもので刻まれ、その形状から楔形(くさびがた)文字と呼ばれています。
そして、前1800年頃、この文字を使って書かれた全237条の法典が登場します。これが、「ハンムラビ法典」です。ハンムラビとは、当時メソポタミアを支配していたバビロニア王国の国王の名だそうです。
現代でも言われる「目には目を」。あまりに強烈な印象を与えるこの言葉は、実は、ハンムラビ法典に由来しています。
しかし、その意図は現代の解釈とは異なっている。
現在一般に「やられたらやりかえせ」の意味で使われるが、元来はハンムラビ法典196条に由来している。この法令は、復讐を認めた法と曲解されることがあるが、倍返しのような過剰な報復を禁じ、同等の懲罰にとどめて報復合戦の拡大を防ぐのがこの条文の本来の趣旨である。
その内容を見ていくと・・・「もしある市民が、他の市民の目をつぶすならば、彼の目をつぶさなければならない」←この部分が「目には目を!」ですね。
また、第200条には、こうあります。
「もしある市民が、彼に対等の市民の歯を打ち折るならば、彼の歯を打ち折らなければならない」
「歯には歯を」なのです。この、「同害復讐」の原則こそ、人類が初めて制定した法なのです。
もっとも、ハンムラビ法典は、カンペキな同害復讐法だったというわけではなく、身分によって刑罰が違っていたようです。たとえば、奴隷の目をつぶしても、自分の目をつぶされることはありません。傷つけた相手が奴隷だからです。その場合には、罰金だけで済みました。あくまでも、支配者階級の法律だったんですね。
また、ハンムラビ法典に基づく裁判は、かなりいいかげんな部分も多く、立証不可能な訴訟に関しては、容疑者を水に投げ込んでみるんだそうです。そして、おぼれて死んだら、彼は有罪、浮かんできた場合は無罪となり、逆に原告の方が虚偽の告発をしたかどで死刑となったんだそうです。(!?
「・・・!?」絶句の一言に尽きますね・・。
補足をしておくとこの場合の投げ込む「水」というのは「選ばれた川」のことである。
当時は川は神聖な場所とされており、川に投げ込むことで審判を神に委ねるといった解釈で行われており、最終審判として行っていたようです。
以下参照。
『フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

投稿者 staff : 2006年10月02日