2006年10月26日

2006年10月26日

自然を利用する天水農耕と、自然を克服する灌漑農耕

メソポタミア地方では紀元前約4、5千年前にウバイド文化が起こります。時はちょうどそれまでの小氷期時代に温暖な地域を求めてメソポタミア一体に南下してきた人々が、その後のヒプシサーマル/クライマティック・オプティマムと呼ばれる長い温暖の時期に作った文化だと推測されています。
さて、この時代にはメソポタミア南部の低地帯を中心とした”灌漑農耕”と、北部の”天水農耕”の2種類の農耕様式があったようです。その後のシュメール文明を支えていったのは、後に再び寒冷化が始まり(紀元前3700年前ごろ)乾燥化が進んでいった南部だったようです。
何故北部メソポタミアではなく、南部の方が発展していったのでしょう。
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投稿者 saah : 2006年10月26日  

2006年10月26日

縄文人って弓矢を発明?したんじゃないの?

るいネットやこのブログにて縄文の基礎情報がたくさん集まってきましたね :D
今日は、一風変って、新聞社の縄文に関するコラムを読んでみました。その中でも、弓矢の存在に注目しました。
デーリー東北新聞社~縄文紀行 北日本の遺跡~実像に迫る
http://www.daily-tohoku.co.jp/kikaku/tyouki_kikaku/jomon/jomon_menu.htm
参考にしたコラムは
6.韮窪遺跡”新兵器”弓矢の登場
7.大平山元1遺跡 揺らぐ縄文の年代感
です。
上記のコラムを参考に考察すると、もしかして縄文人って弓矢を発明 したんじゃないの (というのはオーバーで、適応するために自ら生み出したのではないか という説です)
shuryoumondoki.gif
縄文後期:韮窪遺跡「狩猟文土器」⇒見事に弓と矢が表現されてます
by さーね
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投稿者 postgre : 2006年10月26日