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2012年08月04日

「次代の可能性をイスラムに学ぶ」~総集編


皆さん、こんにちは。
5月から始まった「次代の可能性をイスラムに学ぶ」シリーズもいよいよ最終回です。シリーズの「総集編」として、これまでの記事を振り返ってみます。
※タイトルは元記事へのリンクになっていますので、もっと詳しく知りたいと思ったら、ぜひ元記事を読んで見て下さい。

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~~まず、現在のイスラムについて見てみました~~
1.イスラムの女性は充足しているの?!
“厳格な規律に縛られ抑圧されたかわいそうな女性”といったイスラムの女性に対するイメージは、どうも誤っているようです。イスラムが成立する直前のアラブ社会は、父権社会で私権(私有権)が共認されていたため、女性たちは男たちの私権(私有)の対象物として虐げられていました。こにような女性たちを救済したのがイスラム教だったのです。
イスラム教の経典「クルアーン」には、男女の性や家庭での母親としての役割に関する規範が数多く書かれています。例えば「一夫多妻」は、夫を失った女性たちのために複数の妻を娶ることを認める規範です。イスラームには性を否定的に捉える傾向はまったくなく、むしろ、結婚は信仰生活の重要な一部であり、禁欲的独身主義の方がかえって悪とみなされています。他にも、イスラム教の聖典には、性に関する教えや表現が多数登場するといった具合に、イスラムの「性」のとらえ方は極めて肯定的なのです。西洋発のイメージに惑わされてはダメですね。
2.イスラムの政治と経済-(1)多様な政治体制
その教えの中に、生活全般についてどうすべきかが書かれていることがイスラム教の特徴です。だから、信者にとってそこに書かれたように生活することが信仰のすべて。それは先祖代々皆が認め、守ってきた行いであり、すべてが共認充足に通じています。だから、基本的には新たな法や制度を制定する必要はないのです。新しい社会生活の必要に応じて、隙間を埋める法や制度が必要になるだけなのです。だから、国の政治体制はさまざま。絶対君主の王国もあれば、複数政党で構成された議会をもつ共和制(≒民主制)の国もあるのです。
   嗚呼、この信仰生活さえあれば、あとはどうでもいい…
2・イスラムの政治と経済-(2)自我経済の終焉とともにはじまったイスラム金融
イスラム金融は混乱を極める世界金融市場の中にあって安定成長を続けています。このイスラム経済(金融)の特徴として、取引対象の選別、金利(不労所得)の禁止、投機の禁止、不明瞭・不確定の排除があります。それらはすべて、社会秩序の維持が出発点となっていて、市場の暴走を抑止する仕組むを持っているのがイスラム経済なのです。他方、この儲け過ぎないイスラム経済の下、石油の産出とその価格高騰で豊かになったように見えますが、実は概して貧しい国が多くなっていることも事実です。
~~ここから、イスラムの歴史を扱いました。まずはイスラムの成立過程です。預言者ムハンマドの宗教活動は、前期:メッカ期、後期:メディナ期にわかれます~~
3.イスラム世界の源流とは~イスラム教前夜の状況~
商業を生業とし細々と暮らしていたアラブ人は、戦争を契機に交易の民として莫大な利益を得るようになります。、この経済的な繁栄は、利益の独占・寡占、経済格差の拡大などの様々な社会問題を生み出すことになりま。その中で登場したのが、アッラーの啓示を受けた預言者ムハンマドでした。
ムハンマドは「最後の審判の恐怖→現実否定→あの世での充足→そのために現世を悔い改めよ」と説きましたが、これは商人たちから猛反発され迫害を受けます。アラビア半島の人々は、現実の商売での利益獲得(私権獲得)の可能性は開かれ、また、規範が崩壊しつつあるといっても部族社も残存していました。当然、そのようなアラビア半島の人々にとって、キリスト教的な「現実否定→頭の中だけの代償充足」というメッカ期の教えは、受け入れられるはずもなく、その必要性もなかったのです。
4.イスラム教の本質とは?
メディナに移ったたムハンマドは、信仰の中心軸を転換します。それが「現実に則した規範群形成」と、その実践の場としての「ムスリム共同体(ウンマ)の構築」です。
そこでは、現実の日々の生活の中でイスラムの規範を守り商売に従事し、共同体の維持発展のために利益を還元すること自体が神への信仰そのものです。個人の私権欠乏が満たさえると同時に、集団を破壊する自我肥大は制御され、その上本源的な価値観念に従い行動することで充足も得ることができます。「商人(だまし)をだます」とも言えそうなこの巧妙な仕組、ここにイスラム教の本質があるのです。
~~ここから、その後のイスラムの拡大の歴史を扱いました~~
5.イスラム世界の拡大(イスラムは変質したのか)~その1
★第1段階の拡大~アッバース朝による交易網の確立(7世紀から12世紀)
注目すべきは建国当時からその組織力、戦略による軍事で大国を圧倒し、進出してきた事です。一方でその治世は決してイスラム改宗を勧めるものではなく、支配地の自治を優遇する緩やかなものでした。その集大成であるアッバース朝では東西の貿易のネットワークを構築し、民族、言語を超えた超集団のイスラム原理が有効に働いた。商売の為に拡大し、完成したイスラムのシステム(=法、規範)は商売をさらに繁栄させていったのです。
5.イスラム世界の拡大(イスラムは変質したのか)~その2
★第2段階の拡大~アジアに広がったイスラムはまさに商圏拡大(13世紀以降)
注目すべき点はその拠点が乾燥地帯ではなく湿潤地帯だったこと。東南アジア拡大の目的は胡椒に代表される生産拠点だったことです。
イスラムはムハンマドが商人であったことも含めて、布教拡大の直接の目的は商圏の拡大です。大きく捉えれば第1段階の拡大が商人そのものの交易ルートの拡大であり、第2段階はその商人が交易物資である生産拠点を押さえる為の縄張り拡大だったのです。
6.オスマン帝国の拡大の鍵は、モンゴル譲りの軍組織力とイスラームの統合力・包容力!
強国ビザンツ帝国の首都コンスタンチノープルを陥落させ、さらにエジプトのマムルーク朝を破り、イスラームの本拠地であるメッカ、メディナを保護下に起き、名実共にイスラム帝国となったのがオスマン帝国です。
騎馬技術と集団戦法で勢力を伸ばしてきた小規模の戦士集団でしかなかったオスマン部族が、強大な帝国まで発展した理由は、「モンゴル譲りの軍組織力」と「イスラームゆえの統合力・包容力」でした。特に注目されるのは、西欧社会とは大きく異る「イスラームゆえの統合力・包容力」を発揮したその社会統合の仕組みでした。
~~ここまでの記事を踏まえ、イスラムの可能性を考察しました~~
7.変わらないという強み、変わらないという弱み
イスラム教の特徴は、時代が変化しても変わらないその安定構造です。生活の細部にわたり規定している数々の規範により信仰生活を送る上での迷いがなく、スリムス共同体の運営に誰もが携わることで集団を破壊する自我肥大は制御されます。しかし、この安定構造は、市場社会の終焉という大変動期においては「弱み」になります。変わらなければ存続できない、その瀬戸際にあるというのがイスラム教社会が置かれている状況です。
イスラームの可能性は、守るべき本源性が規範や生活の実践の中に残っていることです。そして、そこに立脚し、変えるべき擬似共同体的規範の部分を峻別し、組み替えていくことです。いま、日本では、本源収束の大潮流のなか、日本文化や歴史の見直しを通じてその本源性を再評価していく流れにあります。そのような過程が、次代のイスラームに求められているのではないでしょうか。



 イスラム教は、私権闘争の激化により疲弊する格差社会の中で誕生し、社会的弱者(貧困層)に支持されて拡大します。そのあたりは他の宗教と同様です。
しかし、イスラム教が他の宗教と違ったのは、集団破壊の元凶である自我肥大を抑制する仕組みを、その教え(日常的な規範群とその実践の場であるスリムス共同体)の中に固定したことにあります。金利商売のような不労所得の禁止や喜捨(≒税)の義務などです。これらにより私権(財)の過剰な蓄積・独占を抑制しています。
この点では、キリスト教とは大きく異なります。お互い相容れない決定的な違いであり、このれが西欧とイスラムが衝突を続ける主要な要因の1つとも言えます。(なにしろ金利を禁止されたら金貸し(金融資本家)たちはお手上げ)
 一方、日本人にとっては、共同体を基盤として規範や生活の実践の中に本源性を残すイスラム教は親近感を持つことができそうです。しかし、一般的には日本人にとってイスラム教は、何か得体のしれないものであり、怖い・悪いイメージが付きまとっています。なぜでしょうか?
それはもっぱら日本でのイスラム教に関する情報が西欧経由のものだからです。イスラム憎しの西欧諸国は、偏ったイスラム教のイメージを伝えるどころか、自らの行為(例えば、中東での侵略戦争)を自己正当化するために情報を利用しているのです。
逆に、イスラム諸国の人々には親日派が多く、日本に興味を持っているようです。

日本の生活習慣に驚愕するイスラム教徒 (エジプトから)
 視聴者が殊に驚愕したのは、日本人は、(1)時間をきっちり守ること(2)食べ物を残さない(3)ごみが分別されて収集されること(4)地下鉄や電車の中では、他人に迷惑を掛けないため携帯電話を使用せず騒々しくないばかりか、多くの人が本を読んでいること(5)生徒が学校や教室を掃除すること(6)工事中の労働者が安全靴やヘルメットを着用していること――など。
 シェイクの結論は、イスラム国家でもない日本で、イスラム教の教えが最もよく実践されており、イスラム国家でこれらの反対が実践されていることを恥ずかしく感じたというもの。
『イスラムは日本に彼らの理想を見る』

このようにイスラムの人々は、日本(日本人)に可能性を感じていようです。イスラムが「守るべき本源性」を日本人の持つ本源性の中に見ているのかも知れません。本源性や共同性への親近性という意味では、反欧米・市場反主義社会という課題の共有から、イスラムと日本は協働できる可能性は十分あるのではないでしょうか。

 今回のシリーズを通じて、イスラムってこんな宗教だったのか、今までとイメージが変わった、と少しでも感じてもらえたなら幸いです。今後も折を見て、西欧発のイメージに惑わさえれず、イスラムを取り巻く状況を捉え、事実を発信していきたいと思います。
長い間「イスラームに学ぶ」シリーズをお読み頂きありがとうございました。
次のシリーズもご期待ください

投稿者 sai-yuki : 2012年08月04日 List  

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