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2009年03月06日

キリスト教に迫ってゆきます☆

こんばんは~
>【チーム宗教】、次は世界最大の勢力を誇るキリスト教へと踏み込んでいきたいと思います
はーい! maruさんからバトンを受けとりました
さて、いきなりですが、面白い映像を見つけました!
世界五大宗教の発生と分布の歴史をまとめたフラッシュ映像です。時代を通して、各宗教がどのように広まったり、縮小したかが視覚的に分かります
mapsofwarHistoryofReligion.jpg
プレイをクリックしてください  ( MAPS OF WAR さんより)
近代に入っての、キリスト教の追い上げはすごいですね!
さて、【チーム・宗教】と【チーム・ユダヤ】とで追求してきて(ユダヤに関してはまだ途中ですが(^^))、
イスラム教
もともとは商業集団。アラブの荒くれ略奪集団をまとめるために厳しい戒律を選択。
ユダヤ教
迫害という外圧に適応するべく、金融や学術に特化した有能集団。
ということがわかってきましたよね。
では、残りのキリスト教とは一体なにものなのでしょうか?! :D
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ユダヤ教、キリスト教、イスラム教を三姉妹に例えた、面白い文章がありましたので、今日はプロローグ的に一部引用紹介しますね。

 長女はユダヤ教。二女はキリスト教。そして三女はイスラム教である。同じ親、つまり同じ一神教の神を信仰し、『旧約聖書』という同じ啓典を心のよりどころにしながら、憎しみ合い、殺しあうようになった。
 同じ親から生まれてきた三人の娘は、いずれも大の本好きだった。特にお気に入りの『旧約聖書』の最初の最初の五巻を三人とも愛読した。ただし長女はあくまでもその五巻しか読まなかったが、二女と三女はそれぞれ別のお気に入りの本『新約聖書』『コーラン』を持った。長女と二女は黙読することが多かったが、三女は必ず声に出して本を読んだ。
 三人の容貌はそれぞれ違っていた。長女と三女は顔や週間や雰囲気が似ていた。ただ、小柄な長女に比べて、三女は大柄に成長していった。
 二女も大柄だった。そして彼女は他の二人の姉妹と仲良くやっていくことができなかった。長女や三女の姿を見ると、いつも言いがかりをつけてケンカを仕掛けた。
 三女は、もともと上の二人の姉を尊敬しており、彼女たちと仲良くやっていきたかった。長女とは初めはうまく付き合っていた。二女がヒステリーを起こして暴れ出したときは、二人で協力して助け合った。しかしその後、次第に長女のほうかが距離を置くようになった。
 姉を慕う三女は二女とは初めからうまく付き合えなかった。好戦的な二女がいつも攻撃を仕掛けてくるので、仕方なく受けて立つようになった。
 そして、それぞれ違う道を選んだ三姉妹は、戦い合い、多くの血を流した。彼女たちの争いは世界中に影響を与えた。今も与え続けている。彼女たちの動向を他の人々は不安な表情で見つめている。
(『ユダヤ教vsキリスト教vsイスラム教』 一条真也著より)

なかなか面白い例えで、イメージしやすいですよね
ヒステリーを起こし 、好戦的な 二女って・・・
ご存知のように、アメリカに代表されるキリスト教国家は自由主義、個人主義を標榜してゆきます。ユダヤ教もイスラム教も集団をどう統合してゆく?という課題に対して登場し、規範(戒律)で制御していったのに対して、心の中で信仰するだけでいいんだというキリスト教は、むしろ集団を解体して個人に細分化し、市場拡大消費拡大に向かわせてゆきます。
今回の金融危機の発端のアメリカ、ヨーロッパともキリスト教圏ということは、非常に大事な切り口になるのではないでしょうか。
キリスト教がどのような道を歩んできたのか?
その起源を調べてゆきます!!
乞うご期待!

投稿者 mituko : 2009年03月06日 List  

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コメント

肝に銘じねばならないのが、歴史の奴隷に陥らないことだと
いえます。歴史家はおおにして、歴史(過去)は語る、歴史は
指し示していると、過去に依存(奴隷)してしまう癖が
あるようです。
日本人は過去を語らな過ぎですが、
反面今を生きれる特質があります。これが文化の多様性を
受け入れる、養える要素であるのかもしれません。
イスラエル・中国・韓国・・・・・・・。国家そのものが歴史の奴隷とかし、哀れに感じてしまいます。
難しいとは思いますが、歴史はあくまで過去の遺物であって
生命は宿ってはいないが一理ある程度で留めて、今現在を
受け入れることが肝要かと思います。

投稿者 スバール : 2009年4月15日 20:34

長い歴史の積み重ねの上に今の社会がある以上、現在の社会がどのように成立してきたのか、その歴史構造を紐解いていく必要があると考えています。これまでの歴史を振り返り、自然の摂理・人類の摂理を学んで、初めて現代のガタガタ現象に対する答えが出せるし、新しい規範も作っていけるのではないでしょうか?
現実逃避の先として過去を見るのではなく、現在の社会(現実)に対する「なんで?」を考える中で、歴史構造を明らかにしていきたいと思います。
あくまでも、現在直面している現実発で考えることが重要かと思います。

投稿者 ないとう@なんで屋 : 2009年4月16日 01:59

>歴史家はおおにして、歴史(過去)は語る、歴史は指し示していると、過去に依存(奴隷)してしまう癖があるようです。
歴史自体が、現在の問題意識から読み取った歴史ですから、最初から「歴史は何を物語っているか?」という指向性を持つのはさけられないでしょう。それはそうした観念の有用性と限界性(従って新しい事実が発見されれば時に書き換えが必要であること)を認識していれば、さして大きな問題にはなりません。
問題は、歴史決定論的≒運命論的な史観に陥ることで、これは、特に西洋に顕著な思考だと思います(これを生物史まで遡らせたのが偏狭な突然変異史観)
それに比べると、東洋の易姓革命史観の方が(一種の循環論ではあるが)まだ歴史観としてはまっとうではないかと思います。(易姓革命史観からヒロイズムを排してできたのが日本の諸行無常史観か???)
そのように、東洋の持つ思考の柔軟性をさらに突き詰めれば、「歴史には可変部分と不変部分があり、その見極めの中から可能性へと収束していく」という可能性への収束史観とでもいうべき史観が登場してくるのだと考えています。今西の棲み分け論もそれに近いし、網野史観も弱者のダイナミズムという視点から見れば、同じ系統ではないでしょうか。
とりとめもなくなりましたが、歴史決定論に陥らず、かといって歴史を軽視せず、ということですね。

投稿者 怒るでしかし~ : 2009年4月16日 11:12

>現実逃避の先として過去を見るのではなく、現在の社会(現>実)に対する「なんで?」を考える中で、歴史構造を明らか>にしていきたいと思います。
これって実は「未来」を見ているとゆうことですね。
こうなれば温故知新を正しく実現できるかと思います。
これからの日本経済は、世界第2位なんてプライドを
とっと捨てて、新たな経済システムを構築してゆく
ためにも、逃避ではなく、現状システムの長所・欠点を直視し、改良してゆければいいですね。
>とりとめもなくなりましたが、歴史決定論に陥らず、かとい>って歴史を軽視せず、ということですね。
皆さんが柔軟な方〃で安心しました。
日本人のこうゆう歴史認識がある限り、お隣の
国のように、生まれて死すまで固定観念のかたまり
になることはないように思えます。

投稿者 スバール : 2009年4月16日 22:03

歴史を振り返る時には、存分に注意を払わねばならない、というのは重要な視点だと思います。
私たちは、ややもすると歴史を振り返り、そこからある概念を抽出する際、私たちの持っている視点も歴史的に醸成されたものであるということを忘れがちです。(明治時代から見た江戸時代と、平成の次代から見た江戸時代は、持っている意味も抽出できる概念も違ってくる)
その意味で、現在の視点や切り口に絶対と言えるものはないのであり、現在の自分の存在をカッコに入れて、歴史を見る視点を忘れてはならないと思います。

投稿者 ないとう@なんで屋 : 2009年4月16日 23:11

>日本経済は、世界第2位なんてプライドをとっと捨てて、新たな経済システムを構築してゆくためにも、逃避ではなく、現状システムの長所・欠点を直視し、改良してゆければいいですね。
全く同意します。日本はもはや輸出大国ではない。今の日本が世界に誇れることは、トヨタでもソニーでもなく「世界で最初にバブル崩壊を向かえたということ」でしょう。この経験とそこから見える可能性をどうやって世界の普遍性に引き上げて発信できるかですね。
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=196394
そのためにも、日本人の可能性と弱点を見極める歴史の旅は続くのです。

投稿者 怒るでしかし~ : 2009年4月17日 00:31

>(明治時代から見た江戸時代と、平成の次代から見た江戸時代は、持っている意味も抽出できる概念も違ってくる)
読書世代はTV世代を罵り、TV世代はインターネット世代を
罵り、インターネット世代は若者携帯文化を罵ります。
時代の要請とゆう目に見えない流れを踏まえて、歴史を
学んで行きたいものです。
>世界で最初にバブル崩壊を向かえたということ」でしょう。
核被爆国であり、バブル崩壊国であり、国家の存亡が危うい
少子高齢化の打撃を最大限被る国にもなりそうです。
しかし逆に言えば、興味深い研究対象となる国でもありますね。
将来的に、インドと中国は、人余りで内紛が激化し、国家が崩壊するだろうとの予測もあるくらいですが、日本は少子を逆手にとる超効率国家と生まれ変わらざるをえないのかもしれません。悲しい現実ですが、人がどんどん必要ではなくなる
経済システムが世界の潮流となるきがします。
投稿数も増えましたので、返事はよろしいです。ありがとう
ございました。

投稿者 スバール : 2009年4月17日 22:32

拝啓
突然のお便りで失礼致します。「縄文と古代文明を探求しよう」主催の皆さまにおかれましては、日夜ご研鑽のことと存じます。
私事ではありますが、長年の念願であった古代史の本「氷解する古代」を遂に上梓することができました。お陰さまで好評発売中です。
この四十数年、まさに古代史の森をさ迷いながら、コツコツと積み上げてきた成果(?)がやっと実ったものです。
内容的には主に以下の通りです。
誰も気づかなかったもう一人の卑弥呼、卑弥呼は襲名制だった!
後漢書倭伝の卑弥呼は魏志倭人伝の卑弥呼ではなかった!
誰も疑問を抱かなかった後漢書倭伝の大倭王、このちっぽけな国の王に、なぜ大のカンムリが付くのだ!
後漢書倭伝は決して魏志倭人伝のコピーではない!それは過去の歴史家たちが錯覚の迷路をさまよっただけの話だった!
誰も知らなかった倭人のルーツ、それは波濤万里に挑んだ鳥(ちょう)夷(い)だった!
史記にも登場する鳥夷を決して島夷と混同してはならない!
以上のような、従来の歴史家が全く夢想さえもしなかった驚愕の史実をメインにして市民レベルの視点で書き上げました。
しかも、分かりやすく読みやすい極めてユニークな倭人と倭国の通史になっていると思います。是非ともこの機会に、「縄文と古代文明を探求しよう」主催の皆さまにご一読いただき、ご批判、ご教示を頂戴したいと存じます。
どうかよろしくお願い申し上げます。
                    敬具
2011年2月13日
東京都日野市旭が丘5-3-26
寺 坂 国 之

投稿者 寺坂国之 : 2011年2月13日 16:56

寺坂様
当ブログへの訪問ありがとうございます。
>誰も気づかなかったもう一人の卑弥呼、卑弥呼は襲名制だった!
確かにこの説は私も聞いたことがあります。
卑弥呼とは個人名ではなく役職を表す名前であると、だから襲名制というのは頷けます。
機会があれば書店で探してみたいと思います。「氷解する古代」ジュンク堂などの古代史コーナーに置いてあるようですね。

投稿者 tano : 2011年2月15日 01:29

tano様、卑弥呼の名称を私は役職などとは主張していません。だって、中国の皇帝に出す国書の肩書が役職名だけではお話にならないですよね。
そうではなくて、卑弥呼の後に出現してくる壹与が国内において卑弥呼を名乗っていたかどうかは不明ですが(ちっちゃな女の子が鬼道で民衆を扇動していたはずはないですから、壹与は卑弥呼を名乗ってはいなかったと考えます。
それではもう一人の卑弥呼とは?
それは後漢書に登場しているれっきとした卑弥呼さんですよ。
この彼女を過去の歴史家の全てが先入観から魏志倭人伝の卑弥呼と同一人物と勘違いしてしまった。
これについては、「氷解する古代」において全て証明していますので、そちらでご確認お願いします。

投稿者 寺坂国之 : 2011年2月19日 23:01

謹啓 
厳寒の候を迎えていますが。「縄文と古代文明を探求しよう」主催さまにおかれましては、益々ご清栄のことと、お慶び申し上げます。
『氷解する古代』より3年を経てこの度、『よみがえる古代』を上梓することができましたので、ご報告申し上げます。
本書は中国古代の短里(約77メートル)と長里(約430メートル)の問題をメインテーマとして、「邪馬壹国問題」の解明を目指しているものです。
中国における古代史書の多くに、二つの里単位が混在している事実は、一般にも、あるいは古代史のマニアなどにも余り知られていないようです。しかしこれが「邪馬壹国問題」を、混乱させた元凶の一つとなっていることは、その研究史が雄弁に物語っているようです。
一般に長里の方はポピュラーなのですが、短里の存在は「魏志倭人伝」などにおいて歴然としているにもかかわらず、全くのマイナーなので、その根本の物差しが何であるかさえも、確かな説はただの一つもありません。というよりはむしろ、短里自体の存在を危ぶむ論者が多数を占めているのが、これまでの古代史界の実態のようです。そうした中で精魂を傾けた結果、遂に短里の原点となる「貍歩(りほ)」の解明にこぎ着けることができました。
さらに今回、「魏志倭人伝」において「投馬国が不弥国および女王国と国境を接していた」という新発見があります。これは前著・『氷解する古代』で解明した「よみがえったもう一人の卑弥呼」と同様に古代史の盲点となっていて、未だかつてこの事実に気づいた歴史家はただの一人も存在していないようです。
更には「古代の闇からよみがえった大倭王、もう一人の卑弥呼!それは古代史の盲点だった!」「天の浮橋は博多湾に実在した!」「奴国は二度登場するから二国か? 実に分かりやすいウソだ!」「狗奴国と拘奴国は同音の別国だった!」といった問題についても論証しています。
私のような経歴の者が、「新発見」とか「解明」などとはおこがましいですが、古代の真実を一人でも多くの方にお伝えしたいという一心が書かせたものです。
出来うることなら本書をご一読いただき、ご批判、ご教示を賜りたいと存じます。未熟者ではありますが、どうかよろしくお願い申し上げます。
                               謹白

投稿者 寺坂国之 : 2015年1月12日 15:06

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