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2007年01月05日

神話の謎に迫る

>日本の神話はかなり政治色が強く、古事記や日本書紀が天皇制を神格化する為にでっちあげたという説が最近は有力です。<と、以前tanoさんがコメントされていますが、詳しく調べてみたいと思います。
神話は、何のために、どのように書き換えられたのか?が分かれば事実もおぼろげながら見えてくるのでは?、また守護神信仰の変遷(自然神→人格神→神官→神と王の一体化)と重ね合わせながら、その片鱗が見えてくればと思います。
●まずは、古事記って?
稗田阿礼が暗誦していた『帝紀』(天皇の系譜)・『旧辞』(古い伝承)を、和銅五年(712年)太朝臣安萬侶(太安万侶。)によって編纂され献上された日本最古の歴史書。
●では、日本書紀って?
奈良時代に成立し日本における伝存最古の正史で、六国史の第一にあたる。舎人親王らの撰で、720年(養老4年)に完成した。
以上は一般に言われていることですが、さて中身は?
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●古事記の中では、どう書かれている?
以下は『古事記の世界』より紹介します。
第40代天武天皇が『古事記』編纂を思いつき、第43代元明天皇の時代にやっと完成したとされています。712年(和銅5年)正月28日のコトです。
以下に、序文の天武天皇の言葉を紹介すると……
「私が聞くところによると、諸家のもたらした帝紀と旧辞とは、
既に真実と違い、偽りを多く加えているという。
今この時において、その誤りを改めないならば、
幾年も経たないうちにその本旨は滅びてしまうであろう。
この帝紀と旧辞とは即ち国家組織の根本となるものであり、
天皇の政治の基礎となるものである。
それゆえ、帝紀・旧辞をよく調べて正し、偽りを削り、
真実を定めて撰録し、後世に伝えようと思う。」


帝紀とは皇統譜(天皇家の系譜)のことで、旧辞とは古い物語や出来事のことです。天武天皇の言葉の大意は「それぞれの氏族が“うちの先祖は○○の王子である”などという自分達に都合のよい出自や系譜を捏造しているから、ここらできっちりさせねば!」というコトなのでしょう。帝紀と旧辞で成り立っている『古事記』は本来歴史書として編まれた書物だったのです。

 ……と、ここまでは書物上のことゆえ、それ以上のことは記されていないのですが、その歴史的背景には、当時天武天皇が推し進めていた,中国化・中央集権化計画がありました。国号を「倭」から「日本」に改めたこと,「大王」号を「天皇」号に改めたことと同様、天皇家を中心とした国家樹立の一貫として、『古事記』は編まれたのです。しかし、『日本書紀』が正史となったのに対して、『古事記』はマル秘文書扱いとなり、公の場へは姿を現しませんでした……。
帝紀や旧辞は間違いである。天皇政治を強固なものとするために真実を伝える必要がある、、、その為に国家によって作られた古事記自体が“でたらめ”とは、一体どうなっているんでしょうね?
つづく。

投稿者 nishipa : 2007年01月05日 List  

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コメント

商の歴史は中国史の中でも最長にあたる400年間を継続させています。安定王朝を維持できたのはさーねさんの分析に加えて婚姻を通じた都市国家連合という統合手法にもあるようです。
以下は「東アジアデーター」さんに書かれてありました。http://home.t02.itscom.net/izn/ea/index.html
>王の選出資格を持つ複数の氏族が連合して王族を形成し、系譜上の血縁は、部族全体を一家族と見做した擬似的なものといわれる。近隣諸国(方国)と主に婚姻を通じて都市国家群連合を形成して華北中部を支配し、その文化は陝西~四川~江南~遼寧省南部~山東半島に及んだ。

投稿者 tano : 2007年1月7日 01:22

商人について
>殷滅亡後、国を失った「商」の遺民は各地に離散した。
定住できる耕作地を得られなかった「商」の人々は生計を立てるために物品の売買や交易に携わるようになった。
そんな彼らを人は商人と呼び、商の人の業(なりわい)を商業と呼ぶようになったと言われている。
(古代王朝殷 より)
http://www.cromagnon.net/test/topic/yin_dynasty/
国が滅びた後、流浪の民になり交易に携わるは、ユダヤ人のようですね。殷も出自は遊牧系らしいので、東西遊牧系の民族に共通のパターンかも。

投稿者 Hiroshi : 2007年1月7日 12:50

tanoさん
なるほど。
婚姻制を調べると、国家統合と市場の確立の両面で、より解明できそうですね!

投稿者 さーね : 2007年1月8日 16:08

Hiroshiさん
>国が滅びた後、流浪の民になり交易に携わるは、ユダヤ人のようですね。
商滅亡後の商の人々が、華僑の祖先であるなんて話もありますもんね。
商の人々のその後を追ってみると、面白いかもしれません。

投稿者 さーね : 2007年1月8日 16:11

さーねさん
周に滅ぼされて後の商は、周には出来ないそれまで行って来た神官的な役割をそのまま担わされていたようです。一方、その武力は遠征する先兵として使われ、その力を殺がれた行きます。
これから見ると、商はその神官的役割から周の王に取り入ることも可能な地位ともいえそうです。ここに商人が取り入ることは可能であり、武力を無くす中での生き残りを賭ける道としては魅力的です。
商売とは、単なる石ころを巧みな話術で貴重品に変えます。
神官も同じ事をします。皆、口先の巧みさが勝負。
そこから考えてもユダヤ人と同じ道を歩んだと言ってもおかしくなさそうですね。

投稿者 酒井 : 2007年5月19日 22:15

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