2007年1月31日

2007年01月31日

縄文中期の土偶たち

土偶とひとことにいっても、土偶が爆発的に作られるようになったのは、縄文中期からでした。(早、前期の土偶は全体の約2%)( 「はるかなる縄文」さんの年表を参考にさせていただいています。)
縄文中期につくられた土偶のなかから、土器につけられた人面土偶を紹介します。
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大明神原遺跡(縄文中期の集落)から出土した「把手付深鉢土器」です。
「水野の縄文写真館」さんよりお借りしました
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縄文時代中期前半 3000-2500 BCE 長野県梨ノ木遺跡 茅野市尖石縄文考古館顔面把手付土器ともいう。深鉢のふちに、同時代の土偶と同じような顔がついている。人面把手付土器も意図的に壊されたようにばらばらになっていることが多く、土偶と似たような機能を持っていた可能性がある。
中期の勝坂文化圏で出土する人面付深鉢や人面付釣手型土器は、それぞれ、食物の調理と火を灯す用途に使われたものらしい。いずれも妊婦のような形をしており、人面把手付深鉢の中には子を出産しつつある姿が描かれているものもあるので、これらの土器は<容器としての女性>を象徴しているといえる。(写真:人面把手付深鉢/中期前半/長野県梨ノ木遺跡/茅野市尖石縄文考古館)
「Steps to an Ecology of Spirits」より引用させていただきました。
次は人面土器のそっくりさんを紹介!クリックしてから続きをどうぞ
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投稿者 bunchan : 2007年01月31日