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2008年08月17日

文字の誕生②~トークンから絵文字へ【後編】~

こんにちは、カッピカピです。
今日は、「文字の誕生②~トークンから絵文字へ【後編】~」をみなさんにお届けしたいと思います。
前回、前々回と見逃した方はまずはこちらからどうぞ。
文字の誕生① ~記録の必要性から文字が生まれた~
文字の誕生②~トークンから絵文字へ【前編】~
お盆休みも終盤にさしかかりました。ここいらで、しばし、古代文明の旅に出てみましょう!
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まずは前回までのダイジェストです。
①文字は、交易活動を記録として残す必要から生まれた。
  
           ↓
②具体的には、「何をどこから、どれだけ持ってきたか」、「誰となにを交換したか」等を記録として残しておくためであった。
           ↓
③その記録のために使われたのが、粘土性の小さなオブジェ、「トークン」であった。
           ↓
④このオブジェを収納した丸型の封筒「ブッラ」(同じく粘土製)が発見された。
           ↓
⑤この丸型の封筒の表面には、中に入れたトークンを押し付けたと思われる、印章があった。
           ↓
⑥その印をみれば、中を開けなくても、何が入っているか分かった。
           ↓
⑦その内、印さえあれば、中に実際にトークンを入れる必要はないことに気付いた。
           ↓
⑧そして、ついに粘土板にトークンの型を押し付けるという、現在の文字の祖形が出来上がった。
というのが、前回までの復習です。
その後、前回のコメント欄にも書きましたが、粘土版に、トークンを押し付けてできる痕跡と同じ形を、
『尖筆(せんぴつ)で描き現す』という、いわゆる絵文字が誕生したのです。
ウルクというシュメールの古い町から、4000枚、このような粘土板が見つかっています。一々押さなくても、書けばいいと気づいたのかもしれません。
確かに、取引する商品を現すトークンがいつも、そばにあるとは限りませんし、たくさんの種類のトークンを持っていくより、1本の尖筆を持っていく方が、商人とって都合がよかったというのは容易に想像がつきます。
①トークンの発達が紀元前3500年頃に頂点に達していること
②現在わかっている最古の文字が紀元前3200年頃の絵文字であると言われていること
これらのことから、
この尖筆による絵文字の誕生により、トークンの使用が少なくなっていった、ということが出来ると思います。
追記
リクエストにお答えして、尖筆の画像↓です。
葦を削ってペン状にしたものだそうです。ちなみに、そこで使われる葦は、日本の葦とは全然違う竹のように太いものです。メソポタミアではこれで船をつくりますし、画家のゴッホは、葦を筆に絵を描いていたそうです。
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葦の筆
(「古代オリエント博物館図録」より)
画像は「シルクロード見聞録」から拝借しました。

投稿者 hi-ro : 2008年08月17日 List  

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コメント

>天武天皇の皇后持統天皇は蘇我氏の娘でもある。まず皇后に対する配慮もあっただろう。
持統天皇が蘇我氏の娘って本当でしょうか?
(母方の父上=祖父)が蘇我倉山田石川麻呂というところまではわかっていますが・・・。
持統天皇には確かに蘇我の血が入っていますが、それを言うともっと先代の天皇家自身に蘇我との血縁関係はあります。持統天皇だけが特別に蘇我家に引っ張られていたという事はないように思います。
>文武天皇も不比等も持統には特別の思いがあっただろう。
それで持統だけはできるだけ潤色させたかった。
持統天皇がどのような形で書記改ざんに関わっているか?ここはポイントになりますが、特別な思いなどという感情的なものだけではないでしょう。もっとドロドロした権力争いという意図が見え隠れしていますが。

投稿者 ソガの末裔 : 2008年9月29日 13:35

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