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2009年04月01日

キリスト教ってどんな宗教?

<img alt=
(↑リンクより)
キリスト教ってどんな宗教かご存知ですか?
あらゆる宗教の中でも信者数は最も多く、世界中で20億人を超えるそうです(イスラム教は13億人、ヒンドゥー教は9億人、仏教は3.6億人程度)。
なんでこんなに広まったんでしょう?
クリスマスが楽しいから?十字架のある教会がかっこいいから?
…もっと人々を惹き付ける何かがあるに違いありません。キリスト教が世界に与える影響は大きいので、これは気になります。
これから3回に渡って解明していきたいと思います。
第1回目は、基礎知識として、「キリスト教がどんな宗教なのか」を調べてみたいと思います。
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宗教といえば、最低は押さえておきたいのが「神の名前」と「聖都」と「聖典」ですよね。学生の頃暗記した覚えがあります。
<神の名前> ヤハベ(エホバ)
<聖都>   エルサレム
<聖典>   旧約聖書、新約聖書
宗教には多神教と一神教がありますが、上記の通り、キリスト教はヤハベを唯一神とする一神教です。実はこのヤハベを神としているのは、キリスト教だけでなく、ユダヤ教、イスラム教(イスラム教ではアラーという名前になっているが、実はヤハベと同じ神)も同じで、これら三大宗教は共に、メソポタミア文明が発達したエジプトからイランに至る「肥沃な三日月地帯」で生まれたんだそうです。
しかも、このキリスト教、ユダヤ教を母胎として起こった宗教なんだそうです。
<キリスト教誕生の経緯>
当時、周り(ローマ帝国)が多神教であったのに対して、頑なな一神教であったがために溶け込めず、嫌われ、迫害され続けてきたユダヤ教信者が、「外国の支配が続き、自分たちがこんなに苦しんでいるのに、なんで神は助けてくれないんだろうか?…きっと、神から与えられた決まり(律法)をキチッと守っていないからだ」と考え、旧約聖書にある律法の解釈を厳密にして、日常生活の細々したことまで厳しく規定するようになりました。律法学者が力を持ってえらそうに振舞う風潮をおかしいと思ったイエス・キリストが、「そんな律法ばかりにこだわらずに、もっと神を信じなさい。神の愛を信じなさい」と説きました。このイエスの教えを、イエスの死後、弟子たち(預言者)によって広められたのがキリスト教です。
<キリスト教とユダヤ教、イスラム教との違い>
上記のように、ユダヤ教のようにややこしい律法は不要で、神を信じさえすれば救われる「信じる者は救われる」というのがキリスト教です。ユダヤ教やイスラム教のように割礼(改宗した男が、神と契約した印に性器の先っぽの皮をチョン切られる儀式のこと。普通は生後8日目の男の赤ちゃんにするが、大人になってから改宗した人は大変)も無く、食事規則も無く、豚も食べるし、酒も飲めます。
違いについて、よくまとまったサイトがあったので紹介します。
キリスト教Q&Aより

世界四大宗教のイスラム教、ユダヤ教、キリスト教は、全く別の宗教のように思われがちですが、その土台を「旧約聖書」においており、もともとは同じ根でした。
旧約聖書は”唯一神”を主張しています。
モーゼの十戒を核とした教えに基づくのがユダヤ教です。
しかし「イエス」を受け入れず、今も救い主の出現を待ち望んでいます。
ユダヤ教の流れを汲みながら「イエス」を神の子として受け入れ、
全世界に広がっていったのがキリスト教です。
旧約聖書を根本規範とするものの、マホメットこそが神から遣わされた最も優れた最後の預言者だとし、アッラーを唯一絶対の神とするコーランこそが正しい聖典だとするのがイスラム教です。

<信条>
信条について、代表的だと思えるのは、
以下、「3分で分かるキリスト教(入門)」より

1.はじめに神が地球と宇宙をつくった遥か昔、地球も何も無かったころ、神が地球と宇宙を造られました。
この自然や植物、動物、人間は偶然に突然現れ進化して今の形になったのではありませんでした。その造り主こそが私たちの唯一の神なのです。
2.人が神の命令に背いた神は愛する対象として人間を造りました。 初めの人をアダム、その妻をエバといいます。
その二人を人間にとって最高の環境のエデンの園に住まわせ、一つだけルールを与えられました。そこへ悪魔が来てエバをそそのかし、ついに神から与えられたルールをやぶってしまったのです。その為、罪が人類に入り、罪のため人が死ぬようになりました。
罪は取り返しのつかない代物なのです。

つまり、キリスト教では、世界は神が創ったものであり、人類の始祖であるアダムとイブが罪を犯した為、人は生まれながらにして罪を持っている。
原罪)だから、「信じる者は救われる」と説いているということでしょうか。
信じる者は救われて、信じないと救われないなんて、理不尽な感じがしますが、どうなんでしょうか?!(リンク
次回はイエスの人物像に焦点を当ててみようと思います。
[参考文献]
まんが パレスチナ問題/ 2005年1月/ 講談社現代新書1769

投稿者 staff : 2009年04月01日 List  

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コメント

南関東地方が海だったことも驚きですが、東国に大きな勢力(氏族)が存在していたことが興味深いです。
古代史の舞台は西国中心で描かれていますが、古代史を解明していく鍵を握るのは『東国』にあると感じます。
東国について、もっと知りたくなりました。
一緒に追求していきましょう!!

投稿者 やっさん : 2009年5月2日 20:02

ごく簡単に言うと、北関東の騎馬民族?南関東の縄文系がせめぎ合って武士がうまれたってことですね。
武士の誕生は、僕もすごく不思議に思います。
それにしても縄文時代、関東平野に最大勢力がいたようですが、彼らは古墳時代とかその後どうなったのかも知りたいところです。

投稿者 Hiroshi : 2009年5月2日 20:16

ナイル川、揚子江、チグリス川、~ ~ それらの川は、人類の大文明の発祥の地を誕生させました。
川や港に人の生活圏が築かれ、そこから文明が生まれて行く、という基本的な構図は、大なり小なり 地球上の何処でも存在し得た訳で、それが、島国という日本の地形では又、もう、一歩、複雑で高度な文明を作ることになったのではないか と、思うことがあります。
近畿地方にも、勿論九州のあちこちにも、(北海道はちょっと、分かりません)、能登半島の喉元にも、そして、関東地域にも、大和朝廷が日本列島を一つにして行くよりも以前に文明を持った小国家があったことは、間違いないことだと思います。

投稿者 五節句 : 2009年5月3日 11:00

条里制というか、当時の大規模土木工事の、基準線(朱雀道の線みたいなもの)は遠望の山でした。ぬた原に堀割りを入れる、掘り出した土で水平なダム(水田)をつくる。
一方、
東国の谷(やつ)沿いの湿地を新しく開墾した田は、水路線がそれらと異なる地衡斜面での傾斜になる。
田畑の土地争いは、水の連絡系統の争いでもあったのではないかな。条里的な坪と、開墾の三日月形の土地がぶつかる争いが、区画争いとして井口配布の形態争いになると武士が力を得る機会になったと考えてみたり。
水の取り入れは最後は海まで流すわけだから、古地形の変化が生産変化を経て勢力変化になるのは当然な気がしました。

投稿者 さぶろた : 2009年5月4日 04:27

条里制というか、当時の大規模土木工事の、基準線(朱雀道の線みたいなもの)は遠望の山でした。ぬた原に堀割りを入れる、掘り出した土で水平なダム(水田)をつくる。
一方、
東国の谷(やつ)沿いの湿地を新しく開墾した田は、水路線がそれらと異なる地衡斜面での傾斜になる。
田畑の土地争いは、水の連絡系統の争いでもあったのではないかな。条里的な坪と、開墾の三日月形の土地がぶつかる争いが、区画争いとして井口配布の形態争いになると武士が力を得る機会になったと考えてみたり。
水の取り入れは最後は海まで流すわけだから、古地形の変化が生産変化を経て勢力変化になるのは当然な気がしました。
高知は津波で何度かやられて、高所住居になった時代があったそうです。

投稿者 さぶろた : 2009年5月4日 04:28

千葉県庁での森田知事の会見をみた日本在住の韓国人の方が、
なぜ朝鮮半島の地図をバックにしてるのか?と
怒りと疑問が交錯したとか。
世界地図を眺めると、なぜどうして日本列島と世界は
こうも似ているのかと考えることあります。
樺太を南米に見立てると、もはや日本と世界の区別は
ないようにさえ思えます。
当投稿とは関係ないオカルト話で申し訳ないですが、
地理の不思議といいますか、日本は不可思議な国
だと思ったもので。

投稿者 スバール : 2009年5月4日 22:12

みなさん、コメントありがとうございます。返信遅くなりまして申し訳ありません。
<やっさん>様
>東国に大きな勢力(氏族)が存在していたことが興味深いです。
房総半島といえば南総里見八犬伝の地ですね。「犬」トーテムは鹿児島の隼人同様、江南系のイメージがわいてきます。伊豆半島、渥美半島、伊勢、国東半島などにも共通する東に突き出た半島には海人族のネットワークが形成されていたのではないか、と考えています。

投稿者 怒るでしかし~ : 2009年5月9日 18:52

<Hiroshi>様
>それにしても縄文時代、関東平野に最大勢力がいたようですが、彼らは古墳時代とかその後どうなったのかも知りたいところです。
ここが、武士発生につながる解明のポイントですね。
http://members3.jcom.home.ne.jp/sadabe/oni-megami/oni-megami-2-mokuji.htm
あたりが参考になると考えています。

投稿者 怒るでしかし~ : 2009年5月9日 18:56

<五節句>様
>川は、人類の大文明の発祥の地を誕生させました。
そうですね。あわせて文明発生の時期に最近は興味があります。日本の場合は、明らかに縄文海退と連動していますね。4大文明にも何か共通の古気候学的な共通構造があるでしょうね。

投稿者 怒るでしかし~ : 2009年5月9日 18:58

<さぶろた>様
>田畑の土地争いは、水の連絡系統の争いでもあったのではないかな。条里的な坪と、開墾の三日月形の土地がぶつかる争いが、区画争いとして井口配布の形態争いになると武士が力を得る機会になったと考えてみたり。
水の取り入れは最後は海まで流すわけだから、古地形の変化が生産変化を経て勢力変化になるのは当然な気がしました。
ナルホド、卓見ですね。特に利根川の水系は大きく変動を繰り返していたようですから、土着民同士の水争いに乗じて、騎馬民族が迎えられた、というようなストーリーはあるのかもしれません。またこの発想は大和川水系でも同じことがいえそうです。

投稿者 怒るでしかし~ : 2009年5月9日 18:59

<スバール>様
>世界地図を眺めると、なぜどうして日本列島と世界はこうも似ているのかと考えることあります。・・地理の不思議といいますか、日本は不可思議な国だと思ったもので。
地形というものも突き詰めれば、地球が冷却する過程の中で、繰り返される造山活動と、偏西風など、地球の自転がもたらす陸と海の水熱循環等の、地学的変数が生み出した複雑系なのでしょう。そうすると、フラクタクル図形のように、いたるところで相似形が形成されるのもある意味で当然といえば当然、なのだともいえますね。人間の活動である歴史も、そのような自然の法則の中から生まれたもの。そのように考えると、地理学というのは、生物学領域と歴史領域を接続する重要な学問領域だといえるのではないでしょうか。

投稿者 怒るでしかし~ : 2009年5月9日 19:01

東国では、「伊豆国」に注目するのも面白いかも。
熱海には海底遺跡もあるようです。
↓参照
http://protecs.web.infoseek.co.jp/izunokuni_kitan.htm

投稿者 Quetzalcoatl : 2009年5月18日 00:49

Quetzalcoatl さん、こんばんは。ご紹介いただいたHPおもしろそうですね。伊豆は伊都国という説もありますし、あるいはあたみ=阿多、安曇族の流れという見方もあります。注目してみる必要がありますよね。

投稿者 怒るでしかし~ : 2009年5月28日 00:40

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