2009年4月16日

2009年04月16日

ユダヤ人にとって天国だったオランダ

こんにちわちわわです。
チームユダヤも大詰めを迎えてきましたが、今回はオランダにスポットを当ててみます。
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日本が鎖国していた時代に唯一西洋で交易が許されていたのがオランダです。それまで家康の時代にも交易のあったスペインやポルトガルは、キリスト教の布教に熱心だったために家光の時代に交易を絶ちました。
逆に、オランダは布教に熱心でなかったということです。
オランダは立憲君主制http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%8B%E6%86%B2%E5%90%9B%E4%B8%BB%E5%88%B6の国で、王の力がそれほど強くなく、もともと毛織物や海上貿易で栄えていたところ、スペインに植民地化され、カソリック教による重税政策に反発して独立戦争により独立した商業重視の国家でした。地理的にはプロテスタント圏なのですが北部のプロテスタントと南部のカソリックとに分かれており、ユダヤ教が共存するのに適した国でもありました。
オランダにいたユダヤ人は、いわゆる聖書に出てくるヘブライ人であり、イスラエル人でした。
紀元70年にローマ帝国によって滅ぼされたユダヤ人は東西南北に散っていき、南はエチオピアから南端の南アフリカのヨハネスブルグまで、北はイスパニアのグラナダとリスボンへ、西はエジプトのアレキサンドリアへ、そして東はペルシャのシラズへと散っていきました。
イスパニアのグラナダに住んでいた彼らは、その後のイスパニアがカトリック教を強力に推進する中で、再び移動を余儀なくされ、北の果てのオランダにまでやって来たのです。そして彼らの同朋が南アフリカで発見したダイヤモンドの原石をオランダへ運んで加工する商売を始めました。それがアムステルダムであり、その中心地ダム広場を彼らが独占したのです。
これまで、迫害を受け続けてきたユダヤ人にとって、オランダは天国のような国だったのかもせれません。ここで、得意の商業と金融業で力を発揮し、世界初のオランダ東インド会社という株式会社を設立し、17世紀にはオランダの最盛期を築きます。
アメリカのニューヨークは、元はニューアムステルダムといい、アメリカに渡ったオランダのユダヤ人がダイヤモンドの商売をしている町でした。英欄戦争でイギリスが奪取し、ニューヨークに改められました。
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投稿者 tiwawa : 2009年04月16日