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2007年04月05日

メソポタミアの美術から類推できること

美術の変遷はそのときの時代状況を類推する助けになります。今日は、メソポタミアの美術を手がかりに、時代状況を探ってみます。素材はまたまたお世話になっている「南風博物館」より引用させていただいています。続きをはこちら :D  Byヒロシ
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メソポタミアの彫刻は?~南風博物館から引用してます。詳しくは以下
http://www005.upp.so-net.ne.jp/nanpu/history/babylon/babylon_cul.html
①メソポタミア文明の初期に現れる彫刻は、いずれも土偶か、石を削って作った小さな石像。そのテーマは、その多くが肥満体の女性裸像である。(引用)
→日本の縄文時代の土偶もそうですね。子供を生む女性を創造の母として尊重したんでしょうね。 :o
②宗教が民衆の生活に溶け込んでいくにつれてその題材も、祈りを捧げる男女の姿(不思議と神像は見つからない)になっていく。(引用)
→これも民衆の素直な宗教心の反映のように思います。 :-)
③シュメール人による初期王朝時代になると、題材は人間から動物、神々にいたるまで幅が広くなってくる。ウルク出土のものには、狩猟をする人々の姿をはじめ、アラバスター(雪花石膏)製の壺に彫られた女神イナンナ(イシュタル)の婚礼の像など、さまざまなバリエーションがみられる。ウルやラガシュでは、奉納板に願いごとを彫り込んで神殿におさめることが流行したらしく、欠損したものではあるが多数出土している。(引用)
→奉納版への願い事も日本で言うところの絵馬みたいなものでしょうか? :roll:
④ウル第三王朝の始祖ウル・ナンムの碑は、戦勝記念碑ではなく、これから王位につこうとしている彼が、主神である神々の前に進み出て謁見を受けるという内容になっている。これは王位の正統性と敬虔さを示すための看板のような役割をしたもので、のちの円筒印章には無数にこれと似た題材が彫り込まれた。(引用)
→この辺から、王の権威などが反映されて来るようです。美術が王権のプロパガンダに使われてきているようです。作る人もプロなんじゃないでしょうか? :-(
⑤アッシリア時代になり、彫刻を専門とする職人が現れる。彼らの主要な題材は日常生活であって、当時の服装や家屋、都市の構造や武器・戦車の躍動的な姿まで、じつに史料性が高いものばかりである。バビロニア時代のものが宗教的なものばかりだったのに対して、アッシリアでは絶対的な王権が確立していたから、君主の偉業をたたえるためのものが数多くつくられたのであろう。むしろアッシリア時代には神々の像はなくなり、神の標章だけを彫り込むだけで満足していたのである。(引用)
→王権が安定して生活や文化が発達したのでしょうね。そうするとその豊かな生活や高い文化を広く知らしめたり、後世に残したりというニーズが出てくるのでしょうか?
⑥新バビロニア王国が成立し、メソポタミア彫刻は最後の輝きを放つ。首都バビロンの市壁と家屋の外壁を飾る彩色レンガが大量につくられ、いたるところで壁を美しく彩っていた。ただし大量生産が進んだためか題材にとぼしく、年月とともにライオンなど固定した題材から幾何学紋様の単純な連続へと、むしろ衰退していったのである。(引用)
→芸術が大衆化して、逆に質が低下したり、価値が薄れてきたのではないかと思います。
こうしてみると、芸術と社会統合の状態がしっかりリンクしているように感じます。
もう1つ円筒印章(グリプティク)についてです。 :-)
引用:円筒印章とは、ボタンくらいの宝石でできた円柱に陰刻をして、その像を土の板などの上で転がしたり押しつけたりして表現できるようにした美術品である。意味合いも、護符から装飾、美術品・骨董品へと変化していった。(引用)
signature.jpg
→これは、名刺みたいなものなんでしょうか?自分の商売を示す図柄などもあったようですね。「私はおいしいビールを作ってますよ」みたいな感じでしょうか?個人のPRが出発点で爆発的に普及したのかなと思います。でも、みんなが使うようになると、ありがたみが薄れて廃れると言うこともありますよね。あるいは、PRにもっと良い方法が発明されて廃れるとか・・・ :roll:
何千年も続いたものが廃れるとしたら、個人レベルではなく、時代の大きな変化があったのかもしれません。
こんな風に考えていくと、歴史の見方が深まって楽しいですね。

投稿者 hiroshi : 2007年04月05日 List  

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コメント

ユダヤ人は世界でも有数の”商人”といわれていますが、過去の固定の土地を持たない放浪の生活と迫害を余儀なくされてきたことと、何か関係があるのでしょうか。そのあたりも興味があります。

投稿者 saah : 2007年4月19日 21:10

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