2007年4月5日

2007年04月05日

飢饉に見舞われた遊牧民の例

:D くまなです。
前回は、神だのみも、王への支援要請も叶わなかった遊牧民が決死航→死にもの狂いの戦い、あるいは都市定住、離散→夜盗化へと踏み出すことを紹介しました。今回は、そのような部族の実例を紹介します。
ところで、アラビア半島はそもそも乾燥している地域です。
旱魃っていったいどのぐらいの頻度で起こっていたのでしょうか?
参考になるデータがあります。
表 近世以降のアラビア半島の主な旱魃と飢饉
kanbatu.bmp
(出典:丸井英二編「飢餓」-堀内勝「牧畜民の飢餓観」より)
近世以降では、10~20年に一度は旱魃→飢饉に見舞われていたようです。
人生のうち何度も飢饉→餓死の恐怖に見舞われるわけですから、過酷な外圧状況だといっていいでしょう。
さらに、その状況では、一帯の部族が決死航を開始するわけですから、自然外圧だけでなく、部族同士の同類圧力も凄まじいはずです。まさに死にもの狂いの戦いです。
その具体事例を見てみましょう。

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投稿者 kumana : 2007年04月05日  

2007年04月05日

メソポタミアの美術から類推できること

美術の変遷はそのときの時代状況を類推する助けになります。今日は、メソポタミアの美術を手がかりに、時代状況を探ってみます。素材はまたまたお世話になっている「南風博物館」より引用させていただいています。続きをはこちら :D  Byヒロシ
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投稿者 hiroshi : 2007年04月05日