2007年4月13日

2007年04月13日

貧乏人は猫を食え(by江戸北町奉行)

:D くまなです
前回は、飢饉に際しての美談と悲惨な食人のようすを紹介しました。
江戸時代の飢饉の状況をデータで押さえておきましょう。
グラフ:江戸時代の飢饉と人口推移
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(中島陽一郎「飢餓日本史」のデータから作成)
人口の拡大基調を飢饉が押さえ込んでいるようすがわかります。
飢饉というと‘一揆’を思い浮かべます。

天明飢饉の時、飢饉に迫られた若い元気な人たちは、団結して徒党を組み、各村の穀物ある家々の前に多数集合し、金持ちを脅して押し借りを行ない、承知しない時は腕ずくで米をうばいとった。
暴徒中の過激派は、衆を頼んで城下町までおし寄せ、鬨の声をあげて町に暴れこみ、各米問屋はもちろん、金持ち連中の米倉まで打ちこわした。
このときはどこも同じような有様で、うまく目的をとげた暴徒は、これに味をしめて昼夜とも騒動はたえず、ますます騒ぎは大きくなるばかりだった。

一揆に至る背景には、飢餓という現実がありますが、一方で、統合階級(いわゆる‘お上’)による収奪や危機放置もそれに拍車をかけています。
その状況を見てみましょう。
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投稿者 kumana : 2007年04月13日