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2012年08月03日

縄文考“ヤマト”とは何か?本編④~“ヤマト”は縄文由来の言葉~

こんにちは。ヤマト解明シリーズ、2ヶ月ぶりの記事になります。前回の記事でかかれた最後のまとめの部分からつなげていきます。

縄文人に同化して『ヤマト』を考えてみると、人と人の繋がりだけでなく人と自然(山)の一体化、あるいは自然(山)への同化と捉えることが可能な『ヤマ』と『ト』で構成されているようですが、決してそれだけでなく数多の意見を纏める=集団合議としての『ヤ』と『マト』で構成された場合の意味も考えて、縄文人体質・気質を表した言葉が『ヤマト』だったと考えられます。

この2種類の意味を兼ねた『ヤマト』を見出したのは、文字も持たずに話し言葉だけでやってきた縄文人だったからこそ見出せた言葉のアヤ「綾」なのかもしれませんね。
これに続く記事は「綾」の解明になる予定でしたが、楽しみはちょっと先に置いておいて、今回は縄文時代の社会状況から改めてヤマトを検証していきます。大和の後の我が国の称号が「日本(ヒノモト)」であることから農耕以前、以後を対比させていきます。
「ヤマト」の由来追求がかなり核心に近づいてきています。どうぞ楽しんで読んでみてください。

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【縄文時代の社会状況から~】
ここからは“ヤマト”は縄文由来の言葉であることを前提として、意味をより具体的に推論します。
“ト”とは集団原理に根ざした「人と人との繋がり」であり、「分け合う」ことによって生まれる共認充足によって集団を統合してきたことをあらわします。
具体的には狩猟・漁労・採集による食物の均等分配が行われていたと考えます。
まず社会状況を設定します。農耕が始まる以前の時代が縄文時代ですから「狩猟・漁労・採集」が生活基盤である状況を設定します。
 
そこで数人の男たちが集団猟のために集まります。
円陣を組み、今回の猟における役割を決めます。
この参加者の関係性が前章で推論した
                A  と
              と      B
             H        と
            と          C
            G          と
             と        D
               F     と
                と  E

“ト”で結ばれた関係になります。私はこれを“トモ”の関係と推論します。
狩猟が始まり、参加者がそれぞれの役割をこなします。遂に猪を仕留めました。
そして皮を剥ぎ、内臓を取り出し、解体します。
では、肉はどのように分配されるのか考えます。
役割によって分量が変わるでしょうか?それとも、狩りに関わった人数分を均等に分配していたでしょうか?私は“ト”で結ばれた仲間同士では均等に分配していたと予想します。なぜなら、現代にも残っている習俗があるからです。
それはマタギ猟※1による獲物の分配です。
「マタギ勘定※2」と呼ばれ、狩猟の参加者全員に厳密に均等に分配するやり方になります。
※1マタギは平安時代に辿れる狩猟文化です。縄文時代の狩猟文化が残存していると仮定します。
※2ここでは詳しい内容は省きますが、興味深いですし、思想を感じます。
世界各地の狩猟採集民をフィールドワークしている文章を読むと
「狩猟採集民社会のおける食物分配 岸上伸啓」
食物分配(food sharing)には多様な形態があります。そして、高度な意味づけがあります。狩猟採集民は蓄財を反社会的と見なす一方で分配に価値を置きます。
日本列島に住む縄文人も同じように厳密な食物の均等分配をしていたと考えられます。
このような均等分配は竪穴式住居が円環に並んだ集落(“ト”で結ばれたムラ)において、肉のみならず、漁撈、植物採集・栗の半栽培で得た食糧を均等分配していたのではないかと予想します。
そのため縄文時代には1万年間大きな争いがなく、戦争が起こらないクニの基本理念が
“ヤマト(トで結ばれた関係性のルール)”であったと考えます。
次に脳内物質で気になることがありました。NHKの番組「ヒューマン」で知りました。
それはオキシトシンです。信頼のホルモンと呼ばれています。
一般的には動物同士では肉体的接触から分泌されます。しかし人間は肉体的接触の無い状況、たとえば友人親類の結婚式会場でまわりが幸せな笑顔になっていると分泌されます。動物ではありえないそうです。
反対に闘争のホルモンがテストステロンです。
縄文人は人類の進歩のひとつであるオキシトシンが分泌される「分かち合う心」を持ち、脳内でオキシトシンを分泌しやすい社会環境を作っていたのではないでしょうか。
この「分かち合う心」が “ヤマト”だと考えます。
【和の心とヤマト】
ここで“和の心”と“ヤマト”の意味 を整理します。
漢字が持つ呪力“興”のイメージ操作から離れるため英語表記します。
(私の主観で選択していることを御理解の上、参照してください。)
“和の心”  
Friendship / Harmony / Peace / Total / Circle / Etiquette /
“ヤマト”
And /With/ Share /Connect / Relate / Link / Knot / Joint /
(“ト”は縄文時代のツナ=Ropeのイメージがあると考えます。)
以上のようにまとめてみました。
日本の国柄を“和”から“ヤマト”だと考え、再構築の土台を試みました。
次に縄文時代から弥生時代への社会状況を踏まえて、ヤマトとヒノモトを整理します。
“ヤマト”は現在の時代区分である“縄文時代”を表し、“ヒノモト”は弥生時代以降の農耕社会を表すと考えます。
狩猟採集は自然の恵み・山の恵みを享受します。農耕は人為的に食糧を作り出します。そして天候に左右されます。
 狩猟採集社会から農耕社会への変化は、食糧を得るための重要な要素が変わるため、
信仰の対象が変わります。そしてカミの居場所も変わります。
信仰対象は「地母神信仰から太陽信仰へ」と変化します。
カミの居場所は「大地・山から太陽・.天候へ」と変化します。
  
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ヴィーレンドルフのビーナス像 ・ 国宝縄文のビーナス  ・ 太陽田んぼ 撮影りらっくうーまん
以下にまとめます。
ヤマト → 山と共に暮らす →地母神信仰 → 狩猟採集社会 → 縄文時代
ヒノモト → 日照により稲が育つ → 太陽信仰  → 農耕社会 → 弥生時代
 縄文時代は食糧確保が運次第であり、受動的です。稲作を導入した弥生時代から人為的に穀物を作り出し、食糧確保が安定しました。作物の出来不出来は日照時間が重要になります。世界のどの地域でも、飢えをなくすために拡がった農耕ですが、残念なことに“定住”・“食糧保管(=蓄財)”をするようになった農耕社会は持つ者と持たざる者が生まれ、奪う者も現れました。蓄積された余剰生産物や農地をめぐって人類は戦争を起こすようになります。 
そのため“ヤマト”で繋がった食物分配の人間関係はすたれ、超越概念“ヒノモト”に取って代わられたのではないでしょうか?
この探求の前提である「“ヤマト”は縄文由来の言葉」としているのは、上記の考え方によっています。

投稿者 tano : 2012年08月03日 List  

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