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2007年12月31日

縄文ー古代ブログの3年目の探求に向けて

こんばんは。 :D 管理人のtanoです。2007年も最後の日になりました。
縄文―古代ブログも早いもので開設してから1年と3ヶ月が経ちました。その間の記事数は既に397回、ほぼ毎日の投稿を実践してきました。非常に更新数の多いこのブログですが、その秘訣は複数名の持ち回りで記事を書いているという事なんです。
そこで今年最後の縄文―古代ブログの記事は少しその裏話(記事の製作現場)を紹介したいと思います。
この縄文と古代文明を探求しよう!というブログは当初るいネットの衛星ブログとしてるいネットへたくさん投稿している人たちを集めて結成されました。その時に25人の主幹メンバーが構成されています。
るいネットとは何?って事ですが、
旧い私権という秩序がガタガタになった現在、社会を統合する為の新しい秩序が求められています。るいネットはその為に必要な認識を求めて集まっているネット上の認識形成の場です。(詳しくはるいネットTOPページ、るいネットの趣旨をご覧下さい。)
その上でなぜ、縄文時代や古代文明を追求するのかという事になるのですが、現在の閉塞している社会がこの3000年間でできた私権社会の結果であるとしたら、その根本原因が私権社会の成立構造にあるのではないか、であるとしたら私権社会に移行する前の社会を解明する事が次の新しい社会を作るヒントになるのではないか?このような問題意識があります。
今年は応援どうもありがとうございました。来年もよろしくお願いします。
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最近投稿されている戦争の起源は何か?戦争はなぜ起こるのかというのもその問題意識から生まれています。また、縄文時代の人々の意識や活動、集団の在り様を仔細に調べるのも、日本という最も私権性の少ない国民性が市場にまみれ私権一色になった世界を救える可能性があるのではないか、その根拠はどこにあるのかを追求しているからなのです。
ただ、現在の日本の現実は国債800兆で若者は将来の目的が描けず、自殺は毎年増え続け、国民全体の活力は衰弱し世界でも最も先端的に私権社会の負のダメージを受けています。
果たして日本が、縄文が世界を救えるのか!そんな大きなの問題意識と、そもそも縄文時代の本源性とは何なんだろうか?5000年以上も前の人間の意識が現代社会にどれほど残っているのだろうか?まるで雲をつかむような話かもしれませんが、そんなテーマを日々追求しているのです。
:roll:
このブログに与えられた役割はそんな中で縄文・弥生時代やそれと同時期の世界の状況、その事実実態を膨大な書籍、ネットから抽出し少しでもその解明の役に立ちそうなものであれば発信していこうという事でやっています。
すでに35人以上が登録していつでも書いていただけるように運営しているのですが、うち主幹メンバーの25人は5つのグループに分かれて毎週の記事を分担しています。
中国・縄文時代・弥生時代・世界古代史等、記事の方向性は各グループにおまかせしているのですが、私のグループでは現在縄文時代を全網羅的にもっと明らかにしていこうと各記者の担当分野を決めて記事を書いています。他グループの運営にも参考になればと思い、今回それを報告したいと思います。
縄文時代を解明する為に以下の5つにテーマを分けました
テーマ毎に投稿されている記事も添付します。
■集団を統合する思想・システムを明らかにする!
闘争系⇒
集団統合(社会システム・集団規模・男女役割・階層・評価システム)を明らかにする
→naotoさん
シャーマンは神官の始まりか?
森の民にとっての精霊
闘争技術(土器・漁労・建設・舟・狩猟・採取・農業)
を明らかにする→
yuyuさん
釣針の歴史から縄文人の工夫思考を垣間見る
マリタ遺跡より極寒地での古代人の暮らしを垣間見る
平和志向で闘わないといわれてきた縄文人は実は様々な外圧と戦っていたのではないか、その最大の課題は何だったのかを明かにしていきます。
生殖系⇒キーワードは家族・住居・婚姻・死・出産・育児です。
集団を維持し種を存続していく為の集団システムを調べていきます。→
私、tano
著書『縄文「ムラ」の考古学』からの新たな視点
縄文時代後期になぜ無文土器が登場したのか?
土器は男性が作ったか、女性が作ったか?
三内丸山は語る(1)
三内丸山は語る(2)
観念系⇒キーワードは言語・信仰・土偶・祭り・石棒です。
意識や思想を明かにしていく事で、活力構築や集団統合の在り様を調べていきます。→
くまなさん
縄文人は自然と一体だった
縄文人、再生への祈り
■超集団を統合するシステムを明らかにする!
縄文時代までは人類は洞窟に済んでいて、集団統合の課題は単一集団をどう統合するかという課題でした。縄文時代中期以降、人口の増大、定住化によってはじめて自集団以外の集団とどのように折合いをつけていくかという課題が発生します。贈与というシステムが始めて登場するのですが、超集団を統合するシステムがどのような外圧下で発生しどのようにそれに対峙していったのか。それを追求しています。
キーワードは交流・贈与・祭祀です。
→simaさん
弓矢の発明前夜、日本の黒曜石が大陸に運ばれた理由!
礼文島の民は三内丸山から流れてきた!?
黒曜石の広がりは、交易か贈与か?
まだまだ本格的な追求の緒についたばかりですが、来年1年かけてじっくりとこれらを明かにしていきたいと思います。またさまざまな読者にとって勉強になり、楽しんでもらう投稿も心がけていきたいと思います。
歴史を共に学んでいこうとする仲間をこのブログを通じて一人でも多く増やしていきたいと思います。ぜひコメントや投稿お願いします。

投稿者 tano : 2007年12月31日 List  

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