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2009年06月11日

古代ギリシャで哲学が花開いたのは何で?

ギリシャシリーズ第2弾です
昨日のカッピカピさんの記事の通り、古代ギリシャでは、労働は奴隷の仕事でした。
なので一般市民の男性は基本的にヒマ
戦争に備えて体を鍛えてみたり 、アゴラと呼ばれる広場に集まっておしゃべりしてみたり・・・。
それでもヒマです
人間ヒマだと余計なことを考えだすものです。
”何で世界は出来ているのか・・・・・・・・ :roll:
      
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古代ギリシャで参政権のある男性は特権階級なので、労働はしません
することといったら政治(or戦争)くらいしかありませんでした。
人間ヒマだと余計なことを考え始めるものです。加えて政治しかすることがないので、”政治の世界で上に立ちたい ”となるのは当然ですね。
政治は、一応民主制なので参政権のある男性全員で行われるのですが、特権階級とはいえ、例えば最大のポリスであるアテネだと、時代にもよりますが6,000(~30,000)人くらいの人数にもなります。
そこで自分の意見を通そうと思ったら、相当な弁術が必要。
相手を打ち負かすのが目的なので、絶対真理なんて必要ありません :-(
ある時は黒を白と、またある時は白を黒と言いくるめる。要するにいかに屁理屈をこねるかが重要な世界
そこで花開いたのが哲学だったんです。
ソフィストと言われる弁論術教師が活躍するようになり、人々はソフィストに授業料を払って弁論技術を学ぶようになります。
例えばこんな感じ。
「友人にウソをつくことは正しいか?」
→「それは不正である」
「では、病気の友人に薬を飲ませるためにウソをつくのは正しいか、不正か?」
→「それは正しい」
「あなたは先ほどはウソをつくのは不正と言い、今は正しいと言った。一体どちらが正しいのか?」
→「そういわれるとわからない」
「あなたは何が正しくて、何が正しくないかを知らないのに、今まで知っていると思ってたんですね」
・・・・・・・ってまさに屁理屈
(ギリシャで名を挙げた哲学者には有名なソクラテス、プラトン、アリストテレスなどがいます。)
哲学って、時間を持て余した有閑貴族が生み出したものだったんです
参考サイト
「世界史講義録」http://www.geocities.jp/timeway/kougi-12.html

投稿者 pingu : 2009年06月11日 List  

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コメント

>30歳まで大工をしていたのに、突然家族も仕事も放り出すあたりから、信じられません。
日本でいうと、西行が25歳くらいまで「北面の武士」という後白河上皇につかえるエリート武士だったのに、突然すべてを放りだして出家してしまうということがありました。なので、信じられないということはありません。現代でも、そういうひとはいるように思います。
ところで、キリストというと、20年ほど前に見たマーチン・スコセッシ監督の「最後の誘惑」という映画を思い出します。キリストがSEXをした、という内容が西洋社会(米国)では物議を醸していました。いっしょに観にいったアメリカ人の男の子は結構興奮していましたが、(聖書の基礎知識のない)日本人のわたしにはチンプンカンプンで、会話中の「ポール」「ピーター」が「パウロ」「ペテロ」であると気づたのは後半残り30分を切ったところでした。どうもこいつらとは根底にあるものが違うのではないか、と気づいたときでした。

投稿者 うらら : 2009年7月25日 21:19

>イエスの復活は、キリスト教を広めたい信者たちの作り話である可能性が高いと思います。みなさんはどうお考えでしょうか?
死者蘇生・・・・・・そんなことが可能と真剣に
考えられる人は、悪魔崇拝者と思ってしまいます。
死者蘇生とゆう思想は、悪魔的儀式では専売特許ですからね。
本当に神が存在するのならば、死者蘇生とゆう<反自然行為>は絶対侵さないとおもいますがどうでしょうか。
>30歳まで大工をしていたのに、突然家族も仕事も放り出すあたりから、信じられません
現在進行形でもいらっしゃいますよ。神をみたといって
すべてをすててどこかへ行く人は歴史上数え切れない
ほどいるとおもいますが(笑)

投稿者 スバール : 2009年7月26日 22:57

>うららさんへ
コメントありがとうございます。
現代でも出家する人はいますが、動機はなんなんでしょうね。
うまくいかないから、俗世を離れて人生について考え直したいからでしょうか。
>どうもこいつらとは根底にあるものが違うのではないか、と気づいたときでした。
キリスト教の信者だと興奮する映画なんでしょうか。
事前知識があるかないかで感じるものって全然違ってきますよね。映画を楽しむにも認識が必要ですね。

投稿者 staff: : 2009年7月28日 23:32

>スバールさんへ
コメントありがとうございます。
死者蘇生って悪魔的儀式の専売特許なんですか?!
王子のキスで美女が目を覚ます「眠れる森の美女」はどうでしょう?あれはただの童話ですかね(笑)
死者蘇生…なにかキーワードになりそうな予感がします。
キリスト教信者で家出したくなったら「神を見た」って言えばいいんですね。

投稿者 staff: : 2009年7月28日 23:47

staffさん
>死者蘇生って悪魔的儀式の専売特許なんですか?!
他人の生体エネルギー何人分と取引みたいな感じ
だそうです。儀式に参加したことはありませんから、
どこまでいっても憶測の域はでませんが。
そのような非科学的な現象を真に受けて、無差別殺人を
する人もいるとか。信じる者は救われるとは名言だと
思われますが、信じすぎると怪我をするとゆうこと
でしょうか。
>キリスト教信者で家出したくなったら「神を見た」って言えばいいんですね。
熱心な信者は家出しないとおもわれます。それ以前の、
平凡な人間がある日自分が理想とする神の姿を
連続の徹夜明けなどにみてしまうと、アウトでしょう(笑)

投稿者 スバール : 2009年7月30日 22:35

急の失礼します。
私はクリスチャンではありませんが・・・
イエスはキリスト教の教祖ではありません。
そもそもキリスト教に教祖はいません(^^)
イエスが死後、復活した意味についても、
間違っています(^^;)
ちゃんと理解してから書くほうがいいと思いますよ(^^)
だいぶ前の記事ですが(^^;)

投稿者 匿名 : 2011年7月25日 11:48

使徒やパウロが最初に広めたかったのはイエスキリストが復活したという奇跡です。これなくして、おびえて逃げていった使徒に勇気を与えるものはありませんでした。ほかの事は納得して、しかも心の平安を得られる21世紀の現代キリスト教徒も、この一点については顔をしかめて、話題からはずしたがります。もしくは抽象的な意味合いを付け加えるのです。
一般的にいって、科学は、再現性や合理性に基づく学問ですが、宗教とは別のアプローチですので、相容れることができない部分が多いと思います。でも、それはそれで、人類の営みに貢献しているのですから、科学も宗教も大切なものであることには変わりはありません。
イエスキリストの奇跡は2000年に一回程度かもしれません。でもそれは起こったと考えてみてもいいのではないでしょうか?そもそも私たちは偶然かつ無目的に発生しているというべきか、それとも何者かが意図して発生しているのかという根本から答えを求めてみたいと思います。わたしは後者を選択して生きているのです。

投稿者 朝顔 : 2012年5月4日 02:36

はじめまして。私は現在、クリスチャンだ、とは想っておりますが、他人は、あんなのが、と思っているやも知れません。己を、それでも、そのひとりだと想う理由は、「主の祈り」が出来るから、と考えています。「主の祈り」が出来なくて、こんなんじゃ、なれんな、と。その祈りの中のある箇所が、どうしてもわかりませんで。ところがある時、ある事件がありまして、以前ある若い宣教師から聞いた、その事を、思い出して、再考したところ、「主の祈り」の主旨が解けた、のです。それで、「主の祈り」を続けたら、ますます、引かれて行く己が、居ました。
その一節です。「みこころの天に行われるように 地にも行なわれますように」。この意味を理解したのです。

投稿者 kaihuuinternet : 2013年1月31日 01:38

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