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2009年07月09日

ギリシャ最強のポリス”スパルタ”

ちわわさんの記事でギリシャのポリスの一つ、スパルタについて触れられてましたが、今日はそのスパルタについて書いてみたいと思います。
子どもを厳しく育てる事を”スパルタ教育 ”って言いますよね?
それはスパルタがとっても厳しい子育てをしたことからきているんです。
ギリシャはアテネなど、たくさんのポリスから成っていますが、その中でもスパルタは最強
では、スパルタは一体どんな教育をしていたのでしょう :roll:
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スパルタの人口構成は、一般市民2万5千人に対して奴隷20万人と、圧倒的に奴隷の方が多多数
もし奴隷が団結して反乱でも起こされたりしたらそれこそ大変
そこで、スパルタの人々はその対応策として、「一人一人が強くなればいいんだ 」という至極単純な答えを出します。
一人一人が強くなるためにどんな教育をしたかというと・・・。
○赤ちゃんが産まれると長老の検査を受ける
赤ちゃんが産まれると、まず「五体満足か?健康に育ちそうか?」長老の検査を受けます。もしそこで長老のOKが出なければ、山に捨てられてしまいます :cry:
○男子は7歳になると合宿所に入る
男の子は7歳になると親元から離れて合宿所に入り、ここで30歳になるまで男だけの集団生活をします。
男ばかりで一緒に寝起きし、一緒に身体を鍛える毎日・・・
○夕飯は男だけで
男性は30歳になると世帯を持つ事を許されますが、夕食を一家団欒で、なんてありえないんです。夕飯は例によって男だけで集まり、共同で食事をすることが義務付けられていました。
それを破ると市民の資格を奪われてしまうほど重要なことだったようです
○13歳になると成人の儀式が待っている
13歳になった少年は、短剣1本だけを持たされてスパルタの町を追い出されます
食糧もお金も持たされず、1年間放浪しないといけないんです
食糧などはどうするかといえば”奪う”んですね。
町の近郊には農村が広がっていて、そこには奴隷が住んでいる。彼らから奪うんです :-( 奴隷が抵抗したら殺しても構わない
奴隷にしたら短剣を持った年頃の少年が常に周辺をうろうろしているんです。
こうして奴隷に恐怖心を植え付け、少年は放浪を通じて立派な戦士に成長する、というわけです。
○女も鍛える
女子は合宿生活はありませんが、集められて肉体の鍛錬をしました
それもこれも立派な戦士を産むため
強い先頭集団であることが第一課題だったので、完全な男社会です
スパルタでの生活は、徹頭徹尾”強い戦闘集団であり続けるためにどうする?”に貫かれていたのが、よ~くわかりますね
参考サイト
「世界史講義録」

投稿者 pingu : 2009年07月09日 List  

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コメント

tanoさん、こんにちは。
中大兄皇子の時代は、このブログで以前からよく取りあげておられただけに、さすが、気合いが入りましたね。
>NHK製作なのでどうしても政治的な配慮が気になりますが、また史実なのかNHKの推測なのか曖昧な表現もあり、???がついた部分もありますが<
NHKだからって、大本営発表みたいに、そのまま飲み込んじゃいけないでしょう。NHK氏という、一人の物識りさんのご意見として伺っておくのがよさそうです。蘇我入鹿暗殺の黒幕説なんて百家争鳴なのに、軽皇子を首謀者とするストーリーだけを出されても、ぜ~んぜん物足りない。
高塚タツとしましては、母(皇極)から娘(間人)への継承があったんじゃないかと考えたいところです。また、大津京時代を抜かしたことが、次回の「日本海の道」にどう影響するか気になります。
それはさておき、このシリーズ番組に、韓国の先生方が毎回ご登場なさって、日本の古代史にお詳しいのには頭が下がります。そして、自分が半島の古代史に無知なのが恥ずかしくなってきました。たとえば、初歩的な疑問があります。百済と新羅って、どうして、そんなに仲が悪かったのでしょうか? 

投稿者 タツ : 2009年8月15日 11:45

タツさんこんばんわ。
早々のコメントありがとうございます。
>さすが、気合いが入りましたね。
→おもわず気合を入れすぎてしまいました。
>NHK氏という、一人の物識りさんのご意見として伺っておくのがよさそうです。
→確かに、NHKさんは物識りですね。たぶん学者数人でチームを組んで製作に当っていると思います。その方々が番組に出演されている先生方だと思いますが、その意味では新しい考古学ネタが待ち構えていたように適所で提供されています。
おそらく、先生方はそこを発信したいのだろうなと思います。
>蘇我入鹿暗殺の黒幕説なんて百家争鳴なのに、軽皇子を首謀者とするストーリーだけを出されても、ぜ~んぜん物足りない。
→歴史ファンには確かにこの部分は物足りないですが、一般の視聴者にはややこしい黒幕説は不用と判断してカットされたのでしょう。
>百済と新羅って、どうして、そんなに仲が悪かったのでしょうか?
→鋭い突っ込みですね。この頃、半島ではなぜ常に戦争をしていたのか、というテーマに繋がりそうですね。
同族なのに・・・日本から見れば確かに不思議です。

投稿者 tanoyam : 2009年8月18日 22:23

お忙しい時期にお邪魔いたしますが、
このシリーズ、きのうの第9回「朝鮮通信使・和解のために」まで見たので、ちょっと一言。
“幻想”を仲介者に平和を保ってきた日本と朝鮮半島の国家間交流のカラクリが、徐々に明かされてきた感じです。文化貴族が管理していた“幻想”を、民衆から出てきた指導者(豊臣秀吉、伊藤博文)が剥がしたんでしょうね。
通史を俯瞰してから「任那日本府」に戻ると、“幻想”の種であるそこを否定するのに熱心でありすぎると、根っこを奪われた倭寇的ネットワークの暴走を誘うのではないかと思えます。
韓国の男のすべてがヨン様ではない。愛は幻想なのよ(ナ~ンチャッテ)。
次回は来年1月末で、福沢諭吉が登場するというから、これまた見逃せません。
一万円札と『東日流外三郡誌』の関係まで出てきたらメチャ面白いけど、NHKではそこまではやらんでしょう。
縄文ブログの皆々様、明年ますますのご発展をお祈り申し上げます。

投稿者 タツ : 2009年12月28日 12:20

タツさんこんばんわ。
久しぶりのコメントありがとうございます。
昨日の番組は残念ながら見逃しました。タツさんが仰るような通史的発見があったようで非常に興味があります。
実は秀吉の朝鮮出兵には私も非常に違和感を感じており、何の為に秀吉は朝鮮に出かけたのか、その疑問はずっと持っています。
日本は白村江の敗戦で百済奪回を断念した渡来人が作った国です。しかし奪回への執着は800年の時を経ても温存され、秀吉の時に出兵・・・そう思っていました。昨日の番組の展開がどのようであったのかわからないのですが、予測されるに秀吉は朝廷が抱いていた亡き母国百済への復興や回帰という叶わない幻想を破壊する為に半島へ出向いたという事でしょうか?
いずれにしても現実主義者でありながらどこかで浮世の人であった秀吉の取った政治戦略は合理的である一方で、自己破壊的だったのだと思います。
次回、福沢諭吉は楽しみに見ようと思います。
タツさん今年1年ありがとうございました。来年も縄文ブログの応援よろしくお願いします。

投稿者 tanoyam : 2009年12月29日 02:33

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