2009年8月17日

2009年08月17日

ローマ・カトリック教会と東方正教会って何が違うの?

こんにちわ。
くまなさんの「ローマ・カトリック教会が国=皇帝を超えて組織化されたのはなんで?」に引き続き、西と東と見ていきたいと思います。
第一回コンスタンティノープル公会議を召集したテオドシウス1世は、392年、キリスト教をローマ帝国の国教としました。しかし、わずか3年後の395年、彼は死ぬことになるのですが、「自分の死後は帝国を2つに分け、2人の王子それぞれに継承させるように」という彼の遺言により、ローマ帝国が東西に分離することになりました。つまり、それぞれ独自の首都と国家組織を持ち、国境によって隔てられた2つの別々の国になり、異なる教義、慣習、制度、文化を発展させることになりました。今回は、西ローマ帝国のローマ・カトリック教会と東ローマ帝国(後のビザンチン帝国)の東方正教会の違いについて見ていきたいと思います。
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投稿者 staff : 2009年08月17日  

2009年08月17日

中国と北方遊牧民の関わりをはじまりから考える

中国の歴史は、当の中国の脅威を冷静に分析するためにも、また我々日本人の起源を解明する上でも、不可欠なテーマですね。
中でも、日・韓・中各国に共通的に影響を与えている北方騎馬民族の影響を知ることは、北方騎馬民族を通じて、西方の歴史とも連続してくるため、とりわけ重要なテーマだと考えています。
そこで、以前にも紹介した岡田英弘先生の著書から中国と北方騎馬民族のつながりにアプローチしてみたいと思います。今日紹介するのは「世界史の誕生」からです。
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今回は中国のはじまりの時代、「夏」「殷」「周」について、みてみましょう。

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投稿者 staff : 2009年08月17日