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2011年06月07日

シリーズ「人類の部族移動」その11 まとめ ~東洋と西洋~

●これまでの記事
 第1回目:人類史を追求する意義と視点
<モンゴロイド(東洋)系>
 第2回目:モンゴロイドの誕生と拡散
 第3回目:南方モンゴロイドの拡散と新モンゴロイドの誕生
 第1回から3回の中間整理
 第4回目:中国文明とは何か
 第5回目:縄文人の起源と日本人の可能性
<コーカソイド(西洋)系>
 第6回目:1万年前以前の南欧以北の欧州と原欧州人
 第7回目:シュメール人の出自
 第8回目:印欧語族の登場と人類最初の戦争
 第9回目:掠奪部族の支配国家と山賊・海賊だらけの世界に
 第10回目:海の民の支配で地中海沿岸の部族共同体は崩壊
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現在のY遺伝子タイプ分布から人類の部族移動の足跡を辿る地図
今回は気候分析のために緯度35度のラインを入れてみました。

●人類の部族移動シリーズは、以下の課題提起からスタートしました。

経済情勢はドル・米国債の暴落へと向かっており、少なくとも21世紀初頭には世界は大転換を向かえるだろう。それはこれまでの追求によれば、おそらく西洋文明から東洋文明への転換ということになると予測される。我々の進むべき方向性はどこにあるのか?・・・まずはしっかりと歴史的事実を踏まえて答えを出していくことが今、必要とされている。

「’10年末なんで屋劇場レポート1~人類史を追求する意義と視点」より
●今回記事(その11)では、「東洋」と「西洋」の比較を行なって、シリーズのまとめとします。
1.共存共栄で融和的な東洋の特性
2.諸部族が一部の肥沃な土地を奪い合った西洋
3.戦争、そして西洋は共同体を滅ぼした山賊たちによって作られた。

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1.共存共栄で融和的な東洋の特性
東洋(モンゴロイド系)は、アフリカから出て東に移動した部族たちが形成し、西洋(コーカソイド)は、北西に移動した部族たちが形成しました。
モンゴロイド系部族は、5万年前から、南方の「スンダランド」を中心とする温暖湿潤で豊かな環境条件で繁栄し、部族同士が融和的な共存共栄関係にあったと考えられ、この長い期間の適応がモンゴロイド諸部族→東洋の基層を形成しています。
その後、モンゴロイド系部族は、気候変動に応じて一部の部族(「C系統」などが北に移動しますが、14000年前の気候変動(温暖化)のためにモンゴロイドの中心地域スンダランドが水没したことで、「D系統」や「O系統」などの多くの部族が北に移動しました。
日本人は主流が「D」系統ですが、より古い「C」や新しい「O」系統も並存し、「D2」系統の部族を中心とした諸部族が共存共栄関係にあるという意味で最も融和的な(東洋的な)特性を示しています。
また、これまで、古くに北方適応したと言われてきたモンゴロイドでさえ、その遺伝子を検証すると、南方の「O」系統の一部であることがわかりました。
これに対し、コーカソイド系部族がたどり着いた中東やヨーロッパの地域は寒冷or乾燥で環境に恵まれず、諸部族は分散or一部の地域を奪い合い、豊かに共存共栄したという歴史がありません。
2.諸部族が一部の肥沃な土地を奪い合った西洋
コーカソイド系部族が移動した中東やヨーロッパ地域は実りの少ない森林や高原、乾燥地域が多く、ヨーロッパでは4万年前にフランスのクロマニオンに新人の遺跡があるものの1.3万年前の最終氷期には一部の南欧以外は無人化しています。また、緯度が低い南方のイランなどは高原地域(寒冷+乾燥)であり、一部のオアシスを除き、豊かな地域ではありません。
そういった中で、寒冷期に湿潤化して農耕が可能になる「コーカサス地方」は非常に貴重な地域で、寒冷化(=湿潤化)した際には諸部族がひしめき、温暖化(=乾燥化)した際には諸部族が追い出し合うという(きわめて同類圧力が高い)状況が発生しています。
(コーカサスのような気候特性は、同じ緯度の「パミール高原」でも同様で、3万年前~2万年前に北に向ったモンゴロイド(「C系統」)がたどり着きますが、他に豊かな地域がある事からこの地に諸部族がひしめくような状態にはならなかったと考えられます。)
地図でみていただくとよくわかりますが、コーカソイド系部族が移動した中東・ヨーロッパには、スンダランドのような「豊かな南方地域」というものが存在しないのです。
※この違いは世界地図に緯度35度のラインを入れてみるとよくわかります。
3.戦争、そして西洋は共同体を滅ぼした山賊たちによって作られた。
ヨーロッパから中東の地域は、ただ同類圧力が高いというだけでなく、なかでも同類圧力が高まる地域があって、そこで戦争→部族崩壊→山賊化という状況が発生します。
これは、点在するオアシス農耕地域(イラン高原)に食い詰めた多数の遊牧部族が侵入した事が始まりと考えられますが、ポイントは、この戦乱によって部族(共同体)を失った者たちが山賊となって次々と戦乱が拡大していくとうことです。
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写真は「世界の戦車史」さんからお借りしました
山賊(と海賊)たちは、力の原理と(「平等」や「民主」etcの)本源風の観念を使って徒党を組み、次々と部族社会を攻撃して部族社会は崩壊、ヨーロッパの「ギリシャ」や「ローマ」およびその後の西洋文明は山賊たちが支配者となって築かれたものでした。
攻撃性、侵略性の強い西洋の原点は「山賊」にあったのです。
●残課題:中国って何?
日本が(スンダランドを源流とする)東洋の古い特性を持っている事がわかると、逆に東洋の真ん中にあって歴史的に戦乱が繰り返された「中国」が特異な存在に見えてきました。
中国は国家権力が強大で地域共同体は貧弱。一族の結束がとても強い。「中国人が4つ足で食べないのは机と椅子、2つ足で食べないのはお父さんとお母さん」などと言われます。
中国は遊牧部族による支配が特徴ですが、どういう構造なのでしょうか?
今後、中国の支配の歴史を分析してみる必要がありそうです。

投稿者 nandeya : 2011年06月07日 List  

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