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2009年10月01日

新テーマ「官僚制の歴史~官僚制と試験制の弊害とその突破口を探る」

「いったい、人類はどこで道を誤ったのか?人類は今、自らが築いてきた全文明の見直しを迫られている。」という当ブログのメインテーマから見て、今、最も見直しが必要な制度のひとつが「官僚制度」であり、とりわけ「試験による官吏登用制度」ではないだろうか。
そこで新たに「官僚制の歴史~官僚制と試験制の弊害とその突破口を探る」を新テーマとして設定し、シリーズで追求していきたい。
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写真は韓国(ソウル)における科挙試験再現行事の模様http://www.seoulnavi.com/blog/blog_top_view.php?blog_id=5001983

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縄文社会は共同体が贈与ネットワークを形成しながら、長い年月にわたって平和を維持することを可能とした稀有な社会であるが、結果的に、隣国である中国の中央集権的な覇権主義の波に巻き込まれ、序列社会へと移行していった。しかし中国の諸制度の中でも「試験による官吏登用制度=科挙」は採用しなかった。この判断は結果的に日本の縄文体質を今日にまで伝えることに貢献したのではないかと思われる。
しかし、明治以降、日本は西洋を真似て官僚予備校としての帝国大学制度を作り、官僚制度を強化してきた。しかし、その結果、生み出された国家リーダーたる官僚たちの成果のほどはどうだったか?第2次世界大戦の敗北、そして第2の敗戦ともいわれるバブル以降の経済戦争の敗北という現実を前にして、私たちは改めて、官僚制と試験制について再考せざるを得ないのではないか?
官僚制度及び試験制度の弊害は少なくとも2段階にわたって存在する。
一つ目は、歴史時代すなわち人々が財や地位(私権)を巡って争い続けた私権時代において、最も高度に構築されたと思われる中国の官僚制度、科挙制度ですら、数々の弊害を多く内包しており、うまくいったとはいえない、という官僚制の実態がある。つまり「官僚は腐敗、無能化する」という構造は歴史を貫通した事実である。そして、その腐敗構造を打破するために打ち立てられた「科挙制度」もまた次なる腐敗の温床となっていっただけであり、こうなってくると「官僚制度に打つ手なし」とすらいえそうである。
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宮崎市定先生による「科挙―中国の試験地獄」・・裏口、替え玉、カンニング・・・大昔から変わらない、腐敗の構造・・・・
二つ目は、そのような官僚制度の腐敗、無能化が、とりわけ、ここ最近はよりひどくなり、「特権階級の暴走」というべき諸現象を引き起こしている。これらはもはや権力の快楽に溺れた自家中毒症状を呈しているといっていいだろう。
「特権階級の暴走」がなぜ、引き起こされたかについては、るいネットの以下の岡田氏の投稿の通りであろう。
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=213827
>大多数の私権意識が薄れていく陰で、ひとり権力喪失の危機感を募らせた特権階級は、その飼い主たる金貸しや国際企業を含む自分たちの特権を維持するために、優遇税制をはじめ様々な特権制度を強化し、その結果ますます格差を拡大させ、身分を固定化させてきた。
>とりわけ、団塊世代以降の特権階級は、貧困を知らず、本当の私権圧力を知らない。従って、彼らは、肉体的欠乏に発する本当の目的意識を持ち合わせていない。彼らは、単に試験制度発の「合格」という無機的な目的意識を植え付けられてひたすら試験勉強に励み、「特権」を手に入れた連中である。しかも彼らの大半は、試験制度という与えられた枠組みの中でひたすら「合格」を目指してきたので、その前提を成す枠組みそのものを疑うという発想が極めて貧弱である。
>従って、彼らは社会に出てからも、ひたすら既存の枠組みの中で走り続けることになるが、もはやそこでは、既存制度によって与えられた特権の維持と行使という目的以外の目的意識など生まれようがない。
>かくして、団塊世代が幹部に就いた’00年以降、彼ら特権階級はひたすら与えられた特権を行使し、次第に「社会を動かし」「世論を動かし」ているという支配の快感に溺れてゆくようになって終った。
>それだけではない。危機に脅えた特権階級は、アメリカの力に拠り縋り(その結果、アメリカの言い成りになって)中立公正も何もない露骨な偏向・煽動報道によって小泉フィーバー、郵政選挙を演出し、更には検察とマスコミが一体となって、鈴木宗男、佐藤優、植草一秀、小沢秘書etcの政敵を失脚させてきた。これは、麻薬中毒よりももっと恐ろしい、権力の自家中毒である。
>改めて、我々は、私権時代の遺物である試験制度の恐ろしさを、もっと真剣に考える必要があるだろう。
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暴走官僚の代表格「東京地検」の風呂敷は何故か「五三の桐」誤算続きなのはそのせい??
歴史上、「特権階級の暴走」は、幾度となく繰り返されてきたが、その都度、激しい権力闘争の先に、体制は再構築されてきた。しかしながら、現在の「特権階級の暴走」は「歴史は繰り返す」だけのことだと割り切れないものを感じる。政権交代によって一定の明かりが感じられないことはないが、民主党にまかせておけば大丈夫とも言い切れないという状況を多くの人々が感じているというこの時代の空気は、何かもっと根底的な変化を必要としているということを誰しもが(潜在的には)知っているということの表われであろう。
そのような根底的なパラダイム転換を成し遂げるために「官僚制の歴史」を紐解いていこうと思う。
以下、予定しているテーマ構成です。会員の皆さんとのコメント欄を通じてのやりとりを通して、軌道修正があるかもしれませんが、最初に大きな見取り図として掲げておきます。
10/7  官僚制の起源~中国史1
科挙制度に先立って実施された官吏登用制度には郷挙里選、九品官人法といったものがある。これらの官吏登用制度を中国は何故、必要としたのか?
10/14 科挙の成立~中国史2

世襲制度の弊害を突破するために導入された「科挙制度」しかし「科挙制度」も世襲に飲み込まれていった。「科挙制度」の限界はどこにあったのだろうか?

10/21 古代と官僚制~官僚制度の広がり
中国に起源を持つ「科挙」だがヨーロッパへの広がりは遅い。他方、隣国朝鮮は「科挙」を導入したもののかえって混乱の度を増すばかりとなったという。官僚制度、科挙の古代における広がりについて考えてみたい。
10/28 官僚制の日本史1~日本は何を取り入れ、何を取り入れなかったのか?

日本はさかんに仏教を輸入し、律令制度を導入したものの、科挙は取り入れなかった。その背景に何があったかを考えてみたい。

11/4  官僚制の日本史2~日本には何故、官僚制、科挙制度は根付かなかったのか?
貴族社会から武家社会へ。果たして武家社会は官僚社会といえるのであろうか?あるいは幕藩体制において儒教は重んじられ、寺子屋では読み書きが教えられたが、科挙のようなものがあったとはいい難い。日本には何故、官僚制、科挙制度は根付かなかったのか?
11/11 官僚制の日本史3~官僚主義へひた走る明治以降の日本
官僚制、とりわけ科挙制度とは無縁だった日本が、明治以降、雪崩を打って官僚主義へと向かっていった。今日につながる帝国大学etcの学閥、学歴信仰の始まりでもあるが、その成果が大東亜戦争の敗北だとすれば、その失敗は真摯に総括されなくてはなるまい。大東亜戦争の敗北を官僚制の弊害という視点から考察してみたい。
11/18 官僚制と近代~欧米、ソ連、中共・・・民主国家と官僚制の間で
官僚制の突破口を探すべく民主政権が模索するのが「国家戦略局」の設置。しかし、これは問題の多いホワイトハウスの焼き直しに過ぎないのではないか?民主国家と官僚制の間で各国が模索してきた道を振り返ってみたい。
11/25 官僚制の突破口を探る
官僚制の突破口はアメリカ流のホワイトハウスでもなければ、ましてや英国流ではないだろう。(小沢はいったい何しにイギリスに行っているのか???)官僚制の突破口は江戸にあり!参勤交代にみる日本的システムの可能性を考えてみたい。
以上。今回を含めて9回にわたってお届けする予定です。お楽しみに!!
文責:怒るでしかし~
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投稿者 staff : 2009年10月01日 List  

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コメント

ヤッホー!
一旦の区切りがつきましたね。
みなさん、おつかれさまでした(*^^)v
>官僚は試験制度を通じて選出されるが、試験制度、とりわけペーパーテストは個人課題化し、現実の対象性を喪失し、観念世界に自閉しやすいという欠点を持つ。
これは官僚世界だけでなく、今の日本社会に蔓延する欠陥ですね。
>「人類はどこで道を誤ったのか?」を探る、私たち「縄文と古代史を追求しよう」仲間の挑戦はまだまだ続きます。
課題(=すすむべき道)が鮮明になり、力が漲ってきました。
やる気マンマン^m^
これからもあっちこっち寄り道しながら、みなさん、いっしょに突き進んでいきましょう。

投稿者 うらら : 2009年12月7日 11:07

>集団を超えた次元に存在する社会を統合(もちろん変革も)する為には、単独の集団原理とは全く異なる原理の統合組織が必要なんだという事に、未だ誰も気付いていない。<
これって、すごく単純なんだけど、ものすごい気付きですね。しかもそれを実現する為の条件がたった二つ。
これに気がつかない(気付けない)ということ自体が、いかに自集団、又は己自身のことしか考えない私権追及が深く浸透していたかということの証ですね。

投稿者 戌年 : 2009年12月7日 18:56

官僚の暴走がなぜ起こるのか?
このシリーズで明らかにしたかった一つに試験制度の弊害というものがありました。
しかし、追求を重ねていくうちに試験制度の問題だけではなく、官僚社会というものが持つ集団の特異性にあったのだとわかってきました。
誰しも志をもっていたとしても、その集団に入ったとたん官僚宗教に染まっていく。その教義とは「まずは己の保身を考えよ!その為に仲間を大事にせよ!社会のことは次に考えよ!ただしその事は決して外には出すな」というような代物でしょうか。
ここまでくれば官僚そのものを変えても変わらないように思います。
この重い官僚組織を変えるには制度を変えていくしかないでしょう。しかしその為にもどうするのか?どうしていけばいいのか、もっと多くの人がこの議論に参加していくことを望みます。
それも
>社会統合は、全員が担うべき当然の役割=仕事
のひとつだと思います。

投稿者 ken : 2009年12月7日 21:41

官僚の問題は、
・官僚制度という「構造」の問題
・社会統合を誰が担うのかという「人材」の問題
大きく二つあります。
構造の問題は、今回のシリーズを通じて大きなフレームは固められましたね。残る、人材の問題、大きく捉えれば「日本人とは何者なのか」も追求してみたいですね。

投稿者 ないとう : 2009年12月8日 15:32

>万人の属する社会を導くことができるのは、万人が認める事のできる事実に基づく理論体系(=科学)だけであって、特定の思想などに社会を統合する資格はない。
なるほどそうですね。政党もイデオロギーから脱却しないと見向きもされないというのは、既に選挙の結果にも現れています。組織表に依存する選挙はそれ以上の票は獲得できません。
それを獲得するためのイデオロギーの闘争はもう古いですね。闘争すべきは、事実にどれだけ肉薄し、誰もが認められる答え(=政策)を示せるかにかかっていると思います。

投稿者 hiroshi : 2009年12月10日 22:22

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