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2014年11月24日

大共同体「東南アジア」を支えるシステム~マンダラは共同体のリーダーを育てるシステム

大共同体「東南アジア」シリーズの第1回は、東南アジアを理解するうえでキーワードとなる「マンダラ国家」とは何か?を追求していきたいと思います。

●ウォルタースの「マンダラ国家」

仏教のマンダラは、仏の世界、宇宙観と幅ひろい解釈がされていますが、国家論としての「マンダラ」は、紀元前4世紀のインド哲学者カウティリヤが唱えたのが最初で『終わりなく拡大する国家の輪』であるとしていました。ウォルタースはこの「マンダラ」を、1982年の著書で、初期東南アジアにおける政治統合の説明に応用し、それは先史時代の共同体社会を源流にするものであると考えたのです。

ウォルタースによると、初期東南アジアの地図は、マンダラのパッチワークであり、複数のマンダラが重なり合いながら小⇒中⇒大と重層的に統合され、中小マンダラが、その時に勢力の強い大マンダラにより併合されるといった、きわめて流動的なものでした。

マンダラ内の支配者たちは、機会があればその従属的立場を翻して自身の従属国ネットワーク、すなわち自身のマンダラを打ちたてようとしていました。また、マンダラの支配者は、専制君主ではなく仲介者であったとされています。力で押さえつけるのではなく、平和を保ち、多くの異なった集団を動員する力を持っていたといわれています。裏を返せば、支配者がマンダラ周辺で影響力を行使しようとすれば、自らの直轄地で人望を得ていなければならず、それが不安定になればそれはすぐに周辺に伝わり、マンダラを縮小させることになったといわれています。(加藤久美子:東南アジア「伝統的国家」としてのタイ族ムアン連合の研究より)

ウォルタースは、近世以前の東南アジアの社会に、

○先史時代からの共同体社会が根強く残っていたこと

○共同体は武力でなく、リーダーの統合力によってまとめられていたこと

○リーダーの評価によって、共同体は有機的に拡大・縮小または融合する「マンダラ」の様相をもっていたこと

を見出したのでした。

では、東南アジアの歴史を概観しながら、マンダラ国家の実体に迫ってみましょう。

 

「海のマンダラ」「山のマンダラ」の多中心モデル(白石隆 「海の帝国」より)

「海のマンダラ」「山のマンダラ」の多中心モデル(白石隆
「海の帝国」より)

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●古代~中世の東南アジア

6~7世紀頃に中国漢民族の南下に押されて、中国西南部雲南省のあたりから移動してきた人々が、タイ民族の起源といわれており、13世紀には、メコン川流域の盆地を中心に「ムアン」と呼ばれる共同体が建設されていました。

この時期にはインドシナ半島にも強力なムアン、アンコール朝が登場します。しかし興隆したアンコール朝は次第に力を弱め、13世紀半ばに、メコン川沿いに大ムアンのスコータイ朝が登場、ところが14世紀にはいり、アユッタヤー朝がスコータイ朝を飲み込む形で勃興します。

同じ頃ビルマに発生したタウングー朝は、16世紀になると、北方のタイ系マンダラを飲み込みながら南下し、アユッタヤーを属国にします。しかしその後、属国から独立した後期アユッタヤー朝が隆盛期を迎え、タイを中心に最大級のムアンを形成したといわれています。

次々に塗り変わる勢力圏・・・マンダラ型国家と呼ばれる「ムアン」が、大中小マンダラに重層化され、中小マンダラが、その時に勢力の強い大マンダラにより併合されるといった、「マンダラ絵図」が東南アジアでは繰り広げられてきたのです。

それではなぜ東南アジアに、このようなマンダラ国家(=巨大な共同体連合)が成立しえたのか?その背景を探ってみましょう。

●マンダラ国家成立の背景

[流動する共同体]

東南アジアにはさまざまな地形がありますが、山林部ではその地理的障壁と低い人口密度が特徴です。そもそも山林部は土地そのものの支配が困難です。また人口密度の低さは共同体の独立性、流動性を高めます。したがって地理的な関係はとても希薄であり、共同体同士の関係を維持したり、支配しようとするときは、“人との関係”をつなぎとめることに重きを置かざるを得ませんでした。

さらに海域部では、支配の困難さがより顕著になります。彼らは船での長距離移動が容易にでき、海流や風に乗って島々に移動するだけでなく、河川も自由に行き来できました。支配が強化されれば簡単に移動して逃れることがで、その規模は個人・家族から都(くに)ごとのこともあったといわれています。彼らとの関係を維持するにはまさに“信任関係”しかありませんでした。

一方大陸部の盆地にはムアンと呼ばれる共同体が発生しますが、その共同体性は強固で、恒久的な支配が困難だといわれていました。もともと彼らは中国の南西部から山脈を越えて移動してきた人々です。多くの集団がメコン川流域を移動・拡散しながら村落共同体を建設してきた結果、多様で独自性の強い共同体が数多く形成されてきました。

また東南アジアの稲作の原型は、雨や氾濫水などの自然に依存した「天水田」といい、収穫は「天の恵み」という発想が原点にあります。そのため土地の所有や支配といった意識は定着せず、大きな気候変動があれば集団ごと移動するなどの流動性を持っていました。ここでもムアン同士の関係は力による土地支配ではなく、互いの信任関係でしか構築しえなかったのです。

森林 海

東南アジアの山・海・盆地

東南アジアの山・海・盆地

[母系性に基づく実力主義]

古代から近世にかけての東南アジアは、ヨーロッパの父系性社会とは違い父系性と母系性の双系社会でした。現在もカンボジアでは、女性は結婚しても姓を変えることがほとんどなく、インドネシアやマレーシアは姓がなく名だけ、というように父系性の特徴である血筋、世襲という継承システムは定着しませんでした。したがって、世襲を正当化するための中国の「天命思想」や、ヨーロッパの「王権神授説」のような思想も強い力を持つことがなく、リーダーは常に実力(=調停力、統合力)で選ばれていました。

[集団を導くリーダー]

熱帯雨林の豊かな自然のなかで、「天水田」など自然に逆らわず順応してきた東南アジアの人々にとって、自然は恵みをもたらすと同時に、天災や気候変動をもたらす畏怖すべきもの。集団として生き残るためには、常に自然を対象化し、行動する必要がありました。

彼らは移動性の高い暮らしをしていましたが、決して行き当たりばったりで行動していたのではありません。ましてムアンごと移動する際には、集団の命運をかけた決断と皆の共認が不可欠であり、

自然の声を聞き、集団を導くことのできる者に期待が集まり、リーダーとなっていきました。リーダーはムアン同士に摩擦が生じたときの調停者としても重要な役割を果たし、やがてマンダラ国家のリーダー像へと収斂していったのです。

自然外圧、流動性、集団間の緊張圧力、共同体を導くリーダーの必要・・・

東南アジアという地域、風土のなかで、共同体を守り、集団間の秩序を維持し、社会を統合していくために、マンダラ国家という社会統合システムが成立してきたのだといえるでしょう。

そしてこのマンダラ国家が、ヨーロッパ諸国の植民地支配下においてもなお、共同体性を喪失せず、やがて独立を勝ち取るまでに強い力を持ち続けてきた・・・その強さの秘密はどこにあるのでしょうか?

●マンダラは外圧適応態であり、秀でたリーダーを育成するシステム

現在の国家観からすれば、マンダラ国家はなんともあやふやで不安定なイメージですが、実はここにこそマンダラ国家の強さの秘密があるのです。

中国・ヨーロッパ諸国は武力で他国を侵略し、領土を拡大・支配します。その結果固定的な領土が形成されます。一方東南アジアは信任関係による共同体連合の広がりとして勢力圏が定まります。影響力の範囲はあっても、領土という概念は当てはまりません。そして外圧状況やリーダーの資質に応じて連合体は組み変わり、勢力圏も変化します。

「力による征服と支配」、「共認による適応と変化」。両者はまったく異なる社会統合様式をもっているのです。そして、力にはより強い力で屈服させることはできますが、柔軟に受け入れ変化するものに対して力は無力です。(柔よく剛を制す、ですね)ヨーロッパ諸国が東南アジア侵略を始めたとき、早々に直轄支配をあきらめ、自治権を認めた間接支配に切り替えざるを得なかった理由もここにあります。

そしてもうひとつ、東南アジアが独自の社会を維持してきた背景に、多数の共同体を束ねる秀でたリーダーの存在があります。マンダラ国家が、共同体を基盤にした小→中→大マンダラの重層構造であることはすでに述べましたが、そのリーダーもまた、小マンダラから大マンダラへと段階的な信任を受けて大きな影響力を持つようになります。各マンダラにはリーダー候補が大勢いて、統率力、調整力に秀でた者が評価され、上位マンダラのリーダーになっていく。マンダラシステムとは共同体を基盤にしたリーダー育成システムであり、その指導力があったからこそ、数多の外圧に晒されながら自分たちの共同体、社会を守ってこられたのだと思います。

マンダラ国家とは共同体を母体にして社会を統合するための原初的様式、私権時代以前の普遍的な統合様式だと考えられます。それが今も続いているということは驚きであると同時に、大きな可能性を感じます。

ASEAN諸国

ASEAN諸国

欧米の世界支配が衰退しつつある現在、ASEAN諸国の動きが注目され、欧米に媚びない各国首脳の発言も活発になっています。マンダラ国家には、これからの社会、国家のあり方を考える上で、大きなヒントと可能性が秘められていると思います。

 

 

 

投稿者 tanog : 2014年11月24日 List  

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