| メイン |

2007年06月22日

縄文時代のなんで

こんにちは、カッピカピです。
 いつも、このブログを読んでくれているみなさん、ありがとうございます。みなんさんの応援のおかげで、ここ最近は人気ブログランキング一位をキープし続けてることが出来ています。今後もみなさんの期待に応えるべく、そして、ランキング一位にふさわしいブログにしていくために、改めて、縄文時代についての追求テーマを設定してみたいと思います。
 
 その新たなテーマは・・・・・
 
 その前に、ポチッ↓とよろしくお願いします。
Blog Ranking
にほんブログ村 歴史ブログへ

 にほんブログ村 歴史ブログへ


新テーマは、みんなが縄文時代について疑問に思いそうなこと、という視点で設定してみました。
新テーマ①
縄文時代を土器で時代区分するのはなんで?
 縄文時代は他の時代と異なり、権力者がいないため、権力の移行やそれに伴う社会や文化の変化で時代を区切ることが出来ません。そこで、土のなかから発見される土器によって(その特徴・広がり等を考慮し)、時代を区分しようと、昭和7,8年に山内清男さんが提案しました。
 しかし、
①土器は、地域・時代によって変化の速度が様々であるため、この時代区分が年代の数値的な変化を跡づけるものとはなりえないこと。
②最初の「草創期」とそれに続く「早期」の二期だけで、縄文時代の半分の期間を占めており、時代区分の期間がアンバランスであること。
などが、研究者から指摘されており、縄文時代の時代区分の仕方については、今もなお議論が続いています。このブログでも、今後、時代区分の新基準を追求していきたいと思っています。
新テーマ② 
縄文時代の都が1500年も続いたって本当?
 
 縄文時代の生活イメージと言えば、
 「集団規模が小さい」
 「定住しないで狩猟・採集生活」
 というものだと思います。しかし、この先入観を覆す遺跡が青森県の最北端で発見されました。それが、かの有名な三内丸山遺跡です。
 しかし、この遺跡については、るいネットで『マスコミが歴史的事実も歪めている・・・三内丸山遺跡の実態・・・』という投稿があるように、真相は定かではありません。今後も追及していく必要があると思います。
新テーマ③
縄文時代の言語体系ってどうなってたの?
 集団同士のつながりが希薄だった縄文時代において、果たして共通言語といったようなものが存在したのでしょうか。それとも、集団ごとにまったくバラバラな言葉を使っていたのでしょうか。
 文字のなかった縄文時代で一体どんな言語体系が確立されていたのか・・・気になるところです。
他にも
新テーマ④
 東北地方に遺跡が多いのはなんで?
新テーマ⑤
 中期以降の縄文土器の模様が複雑になったのはなんで?
などが挙げられます。
 これ以外にも、「こんなことを追求してほしい!」などといった要望があれば、どしどしコメントにお寄せください。
 待ってます!

投稿者 hi-ro : 2007年06月22日 List  

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://web.joumon.jp.net/blog/2007/06/250.html/trackback

コメントしてください

*