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2007年11月20日

釣針の歴史から縄文人の工夫思考を垣間見る

こんばんは。最近、縄文人が使っていた、道具に興味があって、ちょこちょこ本やHP等を見たりしていますが、少し整理を兼ねてエントリーしてみたいと思います。
参考にさせていただいている「縄文の生態史観」(西田正規氏著)によれば、道具類の大きな分類は、縄文人の生活用途に応じて下記のように分類できます。
○漁労、狩猟、採取用具
○調理食用具
○住用具
○加工用具
○着用具
○呪術、葬送用具
○施設、その他

その中で、生きていくうえで、もっとも重要な、食料を獲得するための漁労、狩猟、採取用具
に関する道具を上げてみます。
・弓矢
・ワナ
・槍(やり)
・鹿笛
・漁網
・ヤナ
・ウケ
・モリ
・ヤス
・釣針
・握り棒
・打製石斧
・鹿角斧
・運搬具
・船

現代人が思いつく以上に、多様な種類の道具を駆使して、獲物の獲得を行っていたことが伺えます。
その中でも特に今回は、現代人にもっともなじみのある道具の一つである、釣り(釣針)を取り上げて、もう少し縄文人にせまって見たいと思います。
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まず、日本において、釣りがいつ頃から、はじめられたかですが、今から1万年前の縄文時代のころからのようです。
初期のころは、竹や木材などを使った直針が多かったようです。
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      <世界の様々な釣針>
  http://shinyuu.web.infoseek.co.jp/htm/books/turinokagaku.htm
この時代の釣針は、口腔の奥か、腹腔内にうまく収まらなけれぱ、吐き出されて外れてしまいやすかったようです。
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      <直針を飲み込んだ魚>
  http://shinyuu.web.infoseek.co.jp/htm/books/turinokagaku.htm
 
 
次に針が魚の口に引っ掛け易いように、「レ」の字形になったようです。木の枝の分岐部や、鹿などの角の分岐部分を使って「レ」の字形に加工してのではないでしょうか。この工夫で、魚が針を飲み込んだ瞬間に引き上げれば、引っかかり易くなり、釣れる確率は上がったことでしょう。
 
 
次にさらに加工され、「し」の字形になったようです。「レ」の字形だと、魚の口先に引っ掛けるだけであり、ばれやすかったのを、「し」の字形に湾曲加工することで、より魚の口の奥(裏側)にまで針先を突き刺せることが可能になり、さらに釣れる確率が上がったことことは、想像に難くないでしょう。
 
 
そして縄文後期の釣り針には、さらに今現在の釣り針にある「カエシ」がつけられるようになったようです。これによって、一旦引っかかった釣針は、いっそう外れにくくなったことは、釣りをされる方は、あやまって手などにささった釣り針が、カエシのおかげで、なかなか外れず、一度ならずとも、痛い思いをされたご経験からも、頷かれるのではないでしょうか。
(さすがに縄文時代の釣針では、指の皮までは貫通しないとは思いますが。。。)
 
 
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      <釣針の詳細>
http://www.e-fuzzy.co.jp/turibari-name.html
ざっと、釣針の進化を追ってみましたが、様々な形の釣針が発見されていることからも、その過程では、様々な試行錯誤があったと思われます。
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      <多様な釣針>
http://www.tzwrd.co.jp/fish/fish2.pdf
 
 
 
では、釣りという漁猟自体が、どのように発見されたのでしょうか。実は、その起源ははっきりとは、分からないようですが、想像力を膨らまして考えると、
  
ハラが減った古代人が、川を泳いでいる魚を観察していると、ある時、水面に虫等が「ポトッ」と落ち、それを、魚が「パクッ」と食べたことを目撃したことでしょう。
そこから、ヒントを得て、捕まえた虫を投げ入れてみる。すると、同じように「パクッ」食べた。では、木切れではどうだろうか。それに、何か長いひも(つる)のようなものをくくりつけたら、吊り上げられないだろうか。。。等
 
 
小石や小枝等を池に投げると、鯉が、集まってきて、騙されて、「パクッ」と食べては吐き出すという光景を、ご経験された方も多いと思いますが、外圧状況はぜんぜん違うとはいえ、同じような感覚なのでないでしょうか。
こうやって、試行錯誤を繰り返しながら、釣という、狩猟(漁猟)スタイルを編み出していったのではないでしょうか。
(ここら辺は、補足、別ストーリーあればお教え願います)
 
 
ちなみに、縄文時代では、関東から東側から、釣針が多く発掘されているようです。
 
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      <釣り針の発掘された分布>
 
 
西日本は、比較的温暖なため、直接川や海に体を浸かり、銛などを使って漁労をしていたのに対し、東日本では、寒さのため、水に浸からずに魚をとる必要があり、釣りが発達したと考えられています。
このあたりは、当時の気候・環境条件等も視野にいれた上で、縄文時代が、日本の関東以北に繁栄し、多くの遺跡が発見されていることと合わせた考察が必要であり、また別の機会にでも考察できればいいかと思います。
 
 
最後に、この縄文人達が、使用していた釣針は、はたして、どの程度、魚がつれたのか、興味が沸くと思いますが、ネットで調べてみると、縄文土器造りとならんで、縄文の釣針造り&釣体験は、結構人気なようで、その体験事例の紹介が何例かヒットします。
 
で、結果はというと、成功事例もあるようですが、どうやら、ほとんどは、あまりうまく釣れていないようです。。。
 
まあ、現在の釣針造りの初心者達が、造った釣針で、いきなり魚をバコスカと釣ってしまっては、縄文人も立つ瀬がありません。ここらへんは、縄文人の面目躍如といったところでしょうか。
 
いずれにせよ、当時の釣りは、その道具造りも含め、高度な技術と経験、自然に対する洞察力を要したのではなかと思います。
(現代の釣りをたしなむ人も、ここら辺が釣の面白い所ではないかとは思いますが。。。)
 
 
最初に、揚げたそのほかの道具類については、また別の機会にでも、紹介できればいいなと考えています。
それではまた!

投稿者 yuyu : 2007年11月20日 List  

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コメント

丁寧な調査・分析報告ありがとうございます。
確かにetoさんの分析の通りアーサーフェリルの分析には不確かな事が多すぎますね。
なぜ戦争をする必要があったのか?そこに彼は何も踏み込んでいません。彼はまさか戦争は人類が武器をもてば(本能的に)自然に発生するとでも思っていたのでしょうか?
戦争起源を早めようとする学者の根本にある筋書きとはどうなっているんでしょう。
人類とは元々好戦的な動物である⇒戦争は必要悪である⇒戦争は決してなくならない。⇒・・・⇒故にこれまでの忌まわしい西洋の戦争の歴史は否定されるべきものではないor常に平和運動は必要だ。
(ホンノ推測ですが↑な感じでしょうか)

投稿者 tano : 2007年12月9日 23:29

tanoさん、こんばんは。(遅くなりましたが、、、)
アーサーフェリル自体は著書のなかで、いろんな戦争論を紹介しながら考古学的な分析の必要性を説いているのですが、結局はテキトーに、同じように結論づけているわけです。まるであらかじめ結論が決まっているかのように、、、
徹底的な事実追及なしには答えは出せない(出してはいけない)のだと、そう思いました。

投稿者 匿名 : 2007年12月15日 20:43

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