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2007年04月17日

屈葬とベンガラについて

縄文の死の話盛り上がってますね。
特に、naotoさんも紹介されている「屈葬」について、興味わきましたので、調べて見ました。
まずは、るいネットの過去の投稿の中から、調べてみると、屈葬についての紹介がありました。
屈葬の理由は諸説ありますが、いくつかあげると、
1・掘らなければならない墓穴が小さくてすむためという省エネ説
2・胎児の姿勢をまねて再生を願ったとする説
3・休息の姿勢であるという説
4・死霊を恐れた事が原因とする説

(20128 屈葬の意味 三ヶ本万州夫氏 )
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=20128
4つも説があったんですね。
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http://www.um.u-tokyo.ac.jp/dm2k-umdb/publish_db/books/dm2000/japanese/02/02-05.html
<屈葬状態の縄文人骨格ー東京大学総合研究博物館>
で、さらにるいネット内過去投稿を調べてみると
縄文時代の屈葬において、田野さんも紹介されているように、遺体の頭から胸部にかけてベンガラを散布する風習があります。人のなきがらに赤い顔料を振りかける風習は、旧石器時代以来、世界の各地で行われているとのこと。 先史時代の人びとは赤い色に何か特別の呪術的な力が秘められていると信じていたのかもしれません。
記事内の「血液の代わり」というのがひっかかったのですが、次のような仮説がありました。「太陽が生まれるとき、死ぬとき、それぞれ「赤」に包まれるからこそ再生されると考えていた。朝焼けと夕焼けの「赤」と、出産時の出血と埋葬のベンガラの「赤」は同じ役割を持っていて、向こうの世界に生まれ変わるための橋、あるいは向こうの世界を開く扉なのである。だから屈葬という、まるで母胎内にいる胎児の形で埋葬するのである」
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=20332
(20332 屈葬とベンガラ 三ヶ本万州夫氏)
屈葬とベンガラすごく関係がありそうです。
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http://www.pref.iwate.jp/~hp0910/korenaani/a/008.html
<ベンガラぬりの「つぼ」二戸市 雨滝(あまたき)遺跡>
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確かに、ネットで屈葬を検索してみると、ベンガラが紹介されている記事にぶつかる。
人間が生まれるとき、血にまみれて生まれてくる。これは出産時に母体あるいは胎盤から多少の出血があるためである。おそらく旧石器時代の死亡原因は老衰は少なく、病気や事故での死亡は多いと思われる。とくに狩りでの事故は多かっただろう。
縄文時代に入ると、・・・略・・・食糧の転換に伴い、狩りでの事故は急激に減って行ったと考えられる。縄文時代の埋葬法は屈葬であることは前述の通りだが、同時に遺体にベンガラが撒かれている。ベンガラ自体はどちらかといえば茶色だが、赤として捉えられたことは間違いないだろう。つまり、太陽が生まれるとき、死ぬとき、それぞれ「赤」に包まれるからこそ再生されると考えていた。そうであればこそ、血を伴わない縄文期の死亡にベンガラが使われていたと考えることができるのである。
<比較文化史の試み 7>
http://www2.ttcn.ne.jp/~kobuta/bunnka/b5.htm
 
屈葬を、胎児の姿勢であると捉えてみると、まさにこれから一日が始まらんとする朝の昇り行く太陽の朝焼け色、そして一日を終え、沈み行く太陽の夕焼け色、そしてまた次の日同じように昇り行く太陽になぞらえ、死者への再生の願いをこめ、屈葬し出産時の血に見立てたベンガラを亡骸にまいたと考えることもできそうです。
 
そこには、死んでしまった仲間への慈しみを持ち合わせた縄文人の姿が浮かんできます。そして、生命エネルギーの源である太陽エネルギーの恵みを敬っている縄文人の姿も、また同時に浮かんでくるようですね。
 
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<日の出>
http://blog.goo.ne.jp/tanakagawa_shinogi

投稿者 yuyu : 2007年04月17日 List  

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