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2013年11月12日

女たちの充足力を日本史に探る1~縄文時代は女性の充足に満ちた時代だった

さて、このテーマの中心である縄文時代の女性達を見ていきます。
女性の充足力の源流は定住化を始め、母系集団を核とした共同体が形成された縄文時代に在ることは異論がないと思いますが、この女性の充足力はその直前の洞窟時代から脈々と受け継がれているのです。
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こちらよりお借りしました
今回はその洞窟時代の極限時代人類の状況からイメージしていただきたいと思います。
実現論にその一説がありますので、まずじっくりと読んでみてください。

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実現論の一説より)

人類はつい一万年前まで、まともに地上を歩くことが出来ず洞窟に隠れ棲むしかない様な、凄まじい外圧に晒されていた。従って、人類のメスはサル以上に極度に依存収束を強め、首雄収束⇒応望収束回路を発達させていった。しかも人類のメスは(首雄でも防ぎ切れない)飢えや怯えに晒され、サル以来はじめて自らの不全感を直撃されたメスは専ら解脱収束を強め、強力な解脱収束⇒性機能収束回路(エンドルフィンとドーパミンの快感回路)を形成していった。
だから、人類の女は徹頭徹尾、応望存在であり、自らの役割欠損を専ら性機能に収束させてゆく性的存在である。もちろん、それら全ては首雄の期待に応えて役割充足を得る為であり、従って男たちはそんな女たちを、純粋にかつ積極的に肯定視してきた。それどころか、樹上機能を失い、絶望的な状況下に置かれたカタワのサル=人類が、その極限時代五〇〇万年間を生き延びることが出来たのは、性と踊りをはじめとする強力な解脱充足回路を形成し得たからであり、もしそれがなければ、人類は生きる希望を失って早々に絶滅していたであろう。この様なサル→人類を貫くメスの応望存在化⇒性的存在化が、生物進化を貫く雌雄差別化のベクトルに合致した、その一つの極限的な実現形態であることは言うまでもない

【極限時代の充足を引き継いだ縄文の男と女】
%E5%A5%B3%E7%A5%9E.jpg %E5%A5%B3%E6%80%A7.jpg %E5%A6%8A%E5%A9%A6.jpg 縄文時代の土偶は女性の姿、妊婦の姿、女性の性器そのものなどの表現が多く登場します。土偶とは集団における象徴物であり祈りの対象、最も大切なものの表現と言われています。女性そのものがその形態に用いられた事が何より集団にとって、男たちにとって女性が充足源であり大切なものであったことを示しています。
縄文時代はそれまでの洞窟時代から弓矢と火を得る事で地上に出た最初の時代であり、多分にそれまでの時代の男女の役割意識を引き継いでいました。それが縄文時代を通じて盛んだった女性の性的役割、男女の性を中心とした集団結束力でした。これはその後も長らく庶民の間に残り続け、江戸時代での夜這いの慣習までその名残はありました。
【縄文=人類史上初の女性の生産役割の登場】
さらに縄文時代の特筆すべき特徴が土器を得る事により世界でも最も早く定住化、採取生産による食の安定を果たした事です。これは子育てを主に行う女性にとっては極めて大きな事でした。
また、採取生産、漁労生産を中心とする縄文社会では女性にとって、おそらく人類史初の生産の役割を作り出します
実際、現存するタヒチの女性達の働きぶりを見ても採取生産の集落は女性がよく働きます。縄文人の女性達も多分にもれずよく働いた事は容易に想像できます。春夏秋冬に野山に出かけキノコや木の実、山菜を紡ぎ食料にします。また男達が作った網で、魚を得、海辺で貝を捕りました。その合間で女性達は子育てをします。この子育てにおいても30人ほどの集団の中の女達の仲間が手助けして育てていくのです。
仲間と共に生産に励み、子育てをする、女性達は常に集団と共にあり、集団の中で充足力を育んでいきました。
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縄文時代は採取生産ですが、その内実は実にさまざまな可食植物を増やしており、最終的には500種類の山野の自生する芽、若葉、葉、茎、根、苗、花、実などを食料にしたと言われています。天然資源を可能な限り有効利用したのも、同化力の高い女性の感性があっての事だと思われます。
男たちはこの女性達の活動域の外で外敵から守り、また不足する動物性たんぱく質を確保する為の狩猟を担いますが、生産の過半を女性達が担う中でやがて土器の製作や、集団間の贈与物の製作を担い、時に集団間を男達が人材交流する事で、近接する集団間の緊張圧力を緩衝しました。
縄文時代は1万年間、戦争がほとんどなかった時代と言われています。
この事はこの時代の中心が女性であり、安定、安心を希求する女性達の期待に沿った社会であったことの裏返しであったと思われます。
【女性の充足の対比としての遊牧生産】
縄文時代の女性の充足力は決して形にはなっていませんが、同時期に世界中で始まった遊牧生産における下記の女性の状況を見るとその充足の差が浮き彫りになっていきます。
>絶望的な乾燥化の中で生き抜く術として編み出した生産様式が遊牧という方法でした。そしてその生産を支える集団統合の方法論は父系性しかありませんでした。
父系性集団になると防衛性、攻撃性が高まるのですが、実は警戒心の裏返しであり、男が残るから生じたわけではなく、500万年間、集団の中で安定していた女達の心の変化から発生したのです。遊牧に移行し集団が分割されると、集団統合の必要性から女達がそれまで育まれてきた共同体からバラバラに別の集団に移籍させられ、生きていくことを余儀なくされたのです。女達の不安はどんどん集団全体に転写し防衛性を上昇させ、蓄財意識を高めそのまま私権集団(戦争の勃発)へと向かったのです。
るいネット「なんでや劇場の紹介から」
【充足力の実感を知る】
女性の充足力とは何か、これは安心できる集団があって育まれたのではないのでしょうか?縄文時代とは1万年間通じてこの女性達の充足共認が常に存在していたのでしょう。
当時の記録はないので、現在の女性達が書いた充足力の実感についていくつか紹介しておきたいと思います。 
自分だけが充足する女」じゃなくて、「みんなを充足させることで自分も充足する女」って、本当にいい女!
まず「自分」じゃなくてまず「みんな」。
でも、みんなが充足してくれることで自分も充足できる、結局その集団みんなが充足できる。本当に集団に根ざしてこそ、女は充足存在になれるんだ。
るいネットより転載
>極限生活の中では、女たちの心は一つにならざるを得ない。苦楽を共にするだけでなく、おそらく欲情するタイミングでさえも、女共認の中に委ねられていた(=一緒だった)に違いない。きっと、男達が外に行けない日には、充足存在の所以でもあるその性の力で男に活力を与え、そして自らも充足したのだろう。充足可能性は、まずは女共認を形成するところにあったのだろう。
 女は、女同士一緒にいるだけでも、共鳴し合うだけでも充足し活力を得られる不思議な力があるけれど、これは、長い人類の歴史の中で積み重ねられてきた根源的な女共認の充足によるものに違いない
。⇒るいネットより転載
>一緒に感謝のトレーニングをしている後輩たちを見ていると、女の子を愛おしいと思える。今までの女友達のような、気が合うとか気が許せるとか信頼出来るとか、だから絶対だとか離れたくないとか、そういうのとは全然違う。
男の人を愛おしいと感じられるように、子供を愛おしいと感じられるように、自分と同じ“女”を愛おしいと感じられるのは、少し不思議。
でも、人類の女はきっと、男も女も子供も老人も、みんなを愛おしいと感じていたんだろう
るいネットより転載
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こちらよりお借りしました。
【充足力とは母系集団を核とした共認力】
最後に縄文時代の女性の充足力について4つにまとめてみます。
1.極限時代の男女の性充足をそのまま引き継いだ。~集団の中で男たちは女性を敬い、大切な存在として扱った。それが男女期待応望を軸とした女性の充足力の源になる。
2.採集生産=人類史において初めて登場した女性の生産の役割~だからよく働いた(働くこと=充足)
3.定住化を果たすことで女性集団が安定し、母系集団がより強固に形成された。女性の充足力とはこの集団の結束力でもあり、そこで育まれた共認充足である。
4.女性の豊かな自然への同化能力はそのまま採取生産の豊かな食資源の獲得に繋がった。

投稿者 tano : 2013年11月12日 List  

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