| メイン |

2011年05月20日

緊急企画 「東日本大震災は日本人に何を覚醒させるのか!①」第7回 地震・災害は日本人の性格をどのようにかたちづくってきたか?

imagesCAIY2HYZ.jpg
リンクより引用>
これまでの記事で、日本は歴史的に見ても地震・災害が多い国であることがわかりました。それにも関わらず、私たち日本人が今日繁栄できているのは、どんな災害に見舞われても、泣き崩れることもなく、略奪も起こさず、秩序立てた生活を送りながら立ち上がってきた日本人の姿がそこにあったからです。
実際、今回起こった東日本大震災においても、現実を受け入れ現実から決して逃げずに復興に向かう日本人の姿に、世界各国から驚きと賞賛の声が届きました。
これを逆に捉えれば、日本以外の世界各国で今回の震災と同様な事態が起こったら、日本人みたいな対応はできないことを意味します。暴動や無秩序化それでは、一体、このような日本人の性格はどのように培われてきたものなのか?また、日本人の性格は、地震・災害と関係があるのだろうか?を見ていきたいと思います。
   
◆今までの記事はこちら
緊急企画 「東日本大震災は日本人に何を覚醒させるのか!」 プロローグ
緊急企画 「東日本大震災は日本人に何を覚醒させるのか!」 第1回 日本人の縄文体質~有事に現れるその共同性と本源性
緊急企画 「東日本大震災は日本人に何を覚醒させるのか!」 第2回 海外から見た日本人の共同性
緊急企画 「東日本大震災は日本人に何を覚醒させるのか!」第3回.地震・災害大国日本の歴史-1
緊急企画 「東日本大震災は日本人に何を覚醒させるのか!」第4回.地震・災害大国日本の歴史-2
緊急企画 「東日本大震災は日本人に何を覚醒させるのか!」第5回.地震・災害大国日本の歴史-3
緊急企画 「東日本大震災は日本人に何を覚醒させるのか!」第6回.地震・災害大国日本の歴史-4

いつも応援ありがとうございます。
Blog Ranking
にほんブログ村 歴史ブログへ

 にほんブログ村 歴史ブログへ


ありがとうございます
日本人の性格を明らかにしていくために、冒頭にも少し触れましたが、世界各国が日本人のどのような性格に驚いていたのかをまずまとめてみます。

被災を「現実」として静かに受け止め、パニックになったりしない。
周りの人たちと助け合い、冷静に、秩序正しく行動する。
列に並ぶよう誰が指示しなくても、静かに並び、割り込んだりしない。
泣き叫んだり、取り乱したり、誰かをガーガーと責め立てることもない。
中には不届き者もいて窃盗など起こったりするが、それらは散発的である。
大勢で略奪行為に走ったりしないし、ましてや暴動に発展したりすることもない。

<以上『ぼやきくっくり 独特の災害史観を持つ日本人は何度も立ち向かい乗り越えてきた』より転載>
このような世界各国に驚かれる日本人の性格は、日本人の自然観に由来しているのではないか?という観点でまとめているブログがありましたので紹介します。
以下、『ぼやきくっくり 独特の災害史観を持つ日本人は何度も立ち向かい乗り越えてきた』より転載します。
リンク 

拙ブログでは、「外国人から見た日本と日本人」シリーズで東日本大震災に対する外国の人々の反応を3回に渡ってまとめましたが(まだ続く予定です)、彼らが一様に驚いたのは日本の被災者の次のような態度です。
こういった日本人の落ち着きやマナーはどこから来たのでしょうか?どうやって生み出されたのでしょうか?
日本人特有の宗教観?自然観?武士道精神?
そんなことを考えながら、「WiLL」最新号(2011年5月号)を読んでましたら、財団法人国土技術研究センター理事長である大石久和氏の論文の中に、ひとつの答えを見つけました。論文のタイトルは【日本人の自然災害史観 日本人は必ず立ち上がる】。
 その主張を一言で言うと、「日本人の独特の精神性は、日本の『脆弱国土』と『繰り返し起こる災害』によってはぐくまれたものだ」というものです。
<以下、青い文字は大石氏の原文引用、それ以外は私の要約>
大石氏はまず、日本が「脆弱国土」であり、「厳しい自然条件」であり、他国に比べ、次の9つの大きな「ハンディキャップ」を背負っていると解説します。
(1)細長い国土 
→放射状の交通ネットワークを構築しづらい。
(2)四島
→海峡が陸地を分断。多数の島嶼部で構成されている。
(3)脊梁(せきりょう)山脈 
→細長い国土を2000メートル級の山脈が縦貫し、日本海側と太平洋側に二分している。面積の7割が山岳地帯。河川は急勾配で短く、流域面積が小さいため、降雨域に上流から下流まで収まってしまう。そのため、河川の氾濫を引き起こしやすい。
(4)平野
→そもそも平野部や可住地が少なく、河口部か山間盆地にある狭い平野が分散している。
(5)軟弱地盤
→大都市はすべて河口部の軟弱な地盤の上にある。
(6)地震
→国土面積は世界の地表面積の0.25%しかないにもかかわらず、マグニチュード4以上の地震の約10%が日本で発生し、マグニチュード6以上では全世界の約20%が日本で発生している。
(7)豪雨
→地球総平均の2倍以上の年間降雨量だが、梅雨末期と台風期に集中。そのため水害が多い。
(8)強風
→台風の通り道に沿うかのように日本列島が展開しており、直接影響を受ける。
(9)豪雪
→国土面積の60%が積雪寒冷地域にある。
つまり、ヨーロッパなどに比べて、日本は耐震や水害に注意を払い、対策をするというハンディを背負っている。そして先人たちは大変な苦労と投資を積み重ねつつ、ここまで国を発展させてきたのであると。
また、大石氏は「災害が歴史を動かしてきた」との持論を展開、その一例として幕末を挙げています。
1855年、安政江戸地震が起こり7400人以上が死亡しましたが、その翌年にも江戸では安政の大風災が起こり、大低気圧による高潮で10万人もの人々が家屋倒壊による轢死や溺死しています。
実はこの時期は江戸以外でも災害が頻発しており、安政伊賀地震、安政東海地震、安政南海地震が続けざまに発生し、三陸・北海道では津波の被害もありました。
これら連続した自然災害が、民衆を言い知れぬ不安に陥れたことは間違いなく、また、日本には「社会が不安定だと災害が起こる」との感覚が元々あったため、知識人も「本当に今のままの政治体制で大丈夫なのか」という感覚をもったのであると。
そういった肌感覚が、明治維新への動きに繋がっていった、災害を受けた民衆の気持ちが明治維新を招き入れたといえる、と大石氏は述べています。
そして、このような「脆弱な国土」と繰り返し起こる災害によってはぐくまれたのが、「自然災害史観」「震災史観」ともいうべき、日本人の独特の精神性であるというのです。
歴史をひもとけばわかりますが、日本の先人の多くは紛争ではなく災害で亡くなっています。中国やヨーロッパでは災害よりも圧倒的に紛争で亡くなった人が多いのだそうです。
紛争、つまり「人為」で命を落とした場合は、相手を恨んだり、なぜ負けたのかを考えます。次に備えて論理で考える思考が得意になり、それは都市設計にも影響してきます。
例えば中国の長安は高い城壁で町を囲んでいましたが、平城京は城壁を採用しなかった。その違いは、「外から敵が攻めてくる地かどうか」でした。
日本の場合は外壁がなくても誰も攻めてきませんでしたが、災害などの「天為」に見舞われてきました。
多数の死者が出ても、原因が災害では恨む相手がいません。
現代ならともかく、科学技術も発展していなかった時代ですから、災害への予測も備えもままならなかった。抗議する相手もいなければ、防ぐ方法もなかった。……
と、述べた上で、大石氏は論文をこうまとめています。
……このように、日本人は中国や欧米のように理屈で説明できる「人為」でなく、「天為」で命を落としてきた民なのです。そして「天為」で命を落とした死者への思いは、「安らかに成仏してください」というものにしかなりえない。人が大勢亡くなった時、あるいは愛する者の死に接したとき、人間は最も深くものを考えるものだと思うのですが、圧倒的な自然の力による災害で多くの人が亡くなる経験をしてきた日本人は、「ただひたすらにその死を受け入れる」民になったのです。
人間同士のいさかいではなく、自然のみが驚異であった日本人の精神性が、他国と違っていても全く不思議ではありません。
日本人はグローバル化が進むなかで「人為史観」「紛争史観」の国々とわたり合っていかなければならなくなり、契約の仕方、主張の仕方一つとっても「世界標準と違う」と指摘され、「遅れている」かのように批判されてきました。日本人自身も立ち位置を見失いかけていました。しかし、これは歴史によって培われたものですから、不安に思ったり、自信を失う必要はないのです。
(後略)
引用終わり

上記のブログ記事にもあるように、西洋人と日本人とでは、大きく自然に対する感覚(自然観)が異なります
一般的に、日本人は自然を畏敬の対象と捉え、西洋人は自然を対立・克服・支配する対象として捉えていると言われますが、一体、なんで西洋人と日本人とでこのような自然観の違いが発生するのでしょうか
次回は、日本人と西洋人との自然観の違いから、日本人の性格が成立した背景に迫りたいと想います
お楽しみに

投稿者 marlboro : 2011年05月20日 List  

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://web.joumon.jp.net/blog/2011/05/1254.html/trackback

コメント

こんばんわ。
第1話楽しく読ませていただきました。
私も以前から縄文土器の縄はヘビの象徴であるとどこかで聞いた事があり、ヘビの持つ生命力とか最強の生物などということで納得していました。
しかし、今回のツタ考でそれが男女の性交を表現しているとの論理を読んで”なるほど”という思いに至っています。
縄文時代だけでなく、人類はその性の充足力で非常に困難な場面を乗り切ってきており、古代人は現代人が考えるよりはるかに神聖かつ、日常の場面で性を崇拝していたと思います。また、土偶に見られるように女性の生殖への期待は高いものがあり、性を通じて男も女も生命力を得ていたのだと思います。
著者がそれを縄文人のアニミズムに投射して自然界に表現を見出したのはすごい事だと思います。この論の展開は単に美術に留まらない、自然の摂理を捉えるような裾野の広い基礎理論になるのではないかと期待します。
第2話が今から楽しみになってきますね。

投稿者 tano : 2011年11月1日 02:06

みなさん、はじめまして「ツタ考」を書きました
firstoilです。(縄文ブログではこのハンドル名で投稿します。)よろしくお願いします。
さっそく、コメントをいただきうれしいかぎりです!
“性”に関して文章化するのは難しいですね。でも古代世界を読み解くためには避けて通れない部分だとも思います。
ずいぶん長い文章になっちゃったのですが
最後までお付き合いください。

投稿者 firstoil : 2011年11月1日 23:56

とても興味深いですね!といっても私は全くの素人です。
確かにツタ、ツナのような螺旋の交わりは男女における性交をイメージさせられます。原始人類における、”性”への意識の解明、楽しみにしてます!

投稿者 rino : 2011年11月4日 17:55

興味深く拝見しました。
「ツタ」もさる事ながら、「螺旋」というのも面白いですね。
というのも生命の設計図たるDNAも螺旋状(と考えられている)また、この世界の元になる素粒子も螺旋運動している可能性が指摘されています。
ツタ的な発想は縄文の考察に留まらずもっと深められそうですね。
次回作を楽しみにしています!

投稿者 どきんちゃん : 2011年11月4日 22:03

どきんちゃん もうそんなところまで気付いちゃったんですね。ならば、お薦めHPを紹介します。
「蛇の目ってなんぞや?!」
http://www.janonet123.com/index/janomette.html
おもしろいですよ。
世界中の蛇信仰が調べられていますよ!

投稿者 firstoil : 2011年11月5日 23:03

ちょっとコメント遅れてしまいましたが、紹介ありがとうございます!
今から覗いてみまっす☆

投稿者 どきんちゃん : 2011年11月15日 20:51

第4回 宇奈根考古資料室 特別展示へ行きました。
縄文土器を実際にさわれました。
会期:平成24年2月1日(水)から2月29日(水)
会期中は無休
時間:10時から16時
入場無料
会場:宇奈根考古資料室(東京都世田谷区宇奈根)

投稿者 たんぽぽ『二子玉川便り』 : 2012年2月6日 07:42

コメントしてください

*