2011年5月1日

2011年05月01日

「南から見た縄文」6~早咲きの南九州の縄文文化

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「南から見た縄文」シリーズ第六弾です
今回は、南九州にあったもう一つの縄文文化について扱ってみたいと思います。
前の記事「4沖縄は南九州から始まっている」では、南九州について次のように紹介しています。

 南九州は縄文早期に日本では最も早く定住跡が確認されています。9500年前の上野原遺跡はその一つで、50棟の竪穴式住居が集合しています。またその2500年前の12000年前には鹿児島の栫ノ原で世界最古の丸太舟を削りだす磨製石斧の確認がされており、高度な海洋文化を持った海の民が日本列島に定着している事を示しています。
この海洋的特長はその後、東南アジアでも確認され、スンダランドが沈み始めた1万3千年前にスンダランド海洋民(C1系統)の移民であると言われています。
彼らは貝殻をモチーフにした貝文土器を擁し、その後鬼界カルデラの噴火まで約5000年間この地に定着します。
 その間、朝鮮半島から日本列島に流れ込んできた縄文人の主流である大陸系のD2系と混血が進んだと思われます。5000年という期間は民族の混血が進むに十分な期間です。

まず下記の年表を見てください。南九州で誕生した、炉穴(燻製作りの施設)や、耳飾り、平底土器などの文化が数千年遅れて、日本列島の縄文文化に引き継がれていることが判ります。
今回はこの南九州の早咲きの縄文文化(C1系)と当時の気候との関係について取り上げてみたいと思います。
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投稿者 tama : 2011年05月01日