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「南から見た縄文」6~早咲きの南九州の縄文文化

Posted By tama On 2011年5月1日 @ 7:04 PM In Ⅱ縄文時代,縄文人の外圧 | 1 Comment

m283プロローグ [1]<
m283太平洋に広がる大語族、オーストロネシア語族!! [2]
m283オーストロネシア語族は、なぜ遠洋に拡がったのか?~ [3]
m283ポリネシア人が陥った罠、遠洋航海への可能性収束→父権化への道! [4]
m283沖縄は南九州から始まっている [5]
m283台湾に残る本源性のルーツとは [6]

「南から見た縄文」シリーズ第六弾です
今回は、南九州にあったもう一つの縄文文化について扱ってみたいと思います。
前の記事「4沖縄は南九州から始まっている」では、南九州について次のように紹介しています。

 南九州は縄文早期に日本では最も早く定住跡が確認されています。9500年前の上野原遺跡はその一つで、50棟の竪穴式住居が集合しています。またその2500年前の12000年前には鹿児島の栫ノ原で世界最古の丸太舟を削りだす磨製石斧の確認がされており、高度な海洋文化を持った海の民が日本列島に定着している事を示しています。
この海洋的特長はその後、東南アジアでも確認され、スンダランドが沈み始めた1万3千年前にスンダランド海洋民(C1系統)の移民であると言われています。
彼らは貝殻をモチーフにした貝文土器を擁し、その後鬼界カルデラの噴火まで約5000年間この地に定着します。
 その間、朝鮮半島から日本列島に流れ込んできた縄文人の主流である大陸系のD2系と混血が進んだと思われます。5000年という期間は民族の混血が進むに十分な期間です。

まず下記の年表を見てください。南九州で誕生した、炉穴(燻製作りの施設)や、耳飾り、平底土器などの文化が数千年遅れて、日本列島の縄文文化に引き継がれていることが判ります。 [7]
今回はこの南九州の早咲きの縄文文化(C1系)と当時の気候との関係について取り上げてみたいと思います。
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第4回で作成した「縄文人の移動経路」と当時の気候を照らし合わせて見ると興味深いことが判ります。

[10] [11]
[12]

最終氷期には、南九州の一部だけだった照葉樹林帯が、縄文早期には九州の海岸線から、太平洋沿いに関東まで広がっています。
そして海洋民(C1系)が照葉樹林帯に沿って広がっており、一方大陸民(D2)は落葉樹林帯に沿って移動しています。つまり、南からきた海洋民(C1系)は照葉樹林帯に適応しており、大陸からわたってきたD2系は落葉樹林帯に適応していたと考えています。
実際、約12000年前の南九州の遺跡に見られる南方系の炉穴(燻製施設)が、三重県、静岡県を経て、8000年前頃に関東地方へと伝播しています。

「約1万2000年前から約9000年前(縄文時代草創期~早期前葉)頃の南九州の生活跡では、「連穴土坑」とよばれる調理場跡が注目されている。このような調理場は約8000年前(早期後葉)頃の関東地方を中心に発見される「炉穴」と呼ばれる生活遺構によく似ている。最近、東海地方の三重県の鴻ノ木遺跡や静岡県の中道遺跡などから、ブリッジ部分の残存した炉穴が多数発見されている。古い時期(約9000年前)の押し型文土器を使用する時期で、南九州と関東地方の間の時期にあたる。」(「南九州に栄えた縄文文化」より)

さらに、温暖化とともに照葉樹林帯が北上した縄文前期(縄文時代中最も気温が高かった時期)には、下図の土器と気候の分布図から、

[13] [14]
 南九州の海洋民の貝殻文平底土器が、(北九州の大陸民の押型紋土器の影響を受けて)手向山式や塞ノ神式土器へと発展しつつ九州全域に広がり、照葉樹林帯の北上とともに、中国地方や四国地方に広がっている様子が伺えます。

その後、7300年前から始まる鬼界カルデラが最大の噴火を6300年前に起こした後は、九州から中国地方、四国までを無人にするほどの巨大な火山灰が500年間に渡って降り注ぎ、西日本で発達した海洋民の縄文文化はこの時期に一旦壊滅しています。
[15]
(現在の気候、樹林帯とほぼ同じとなりました。)
一方6500年前をピークに寒冷化が始まり、照葉樹林帯が縮小するとともに、落葉樹林帯が広がり、南下していきます。 
 そしてカルデラの大爆発から数百年後、南九州のアカホヤ火山灰層上の自然環境に人類が住めるようになった時には大陸系の轟式や曽畑式の土器文化が一気に伝播していきました。
このように、縄文時代を通して、照葉樹林帯に適応した海洋民と落葉樹林帯に適応した大陸民が、お互いに影響を与え融合しながらも、気候の変化に応じて移動し、棲み分けていた様子が見て取れます。
「東北日本の源流・ナラ林文化vs西南日本の源流・照葉樹林文化」 [16]よると、
●西南日本の源流たる照葉樹林文化
 かつて日本の南半分はうっそうとした暗い原生林が覆っていた。それは、年間を通して常緑に輝く葉を持つカシ、クス、シイ、タブ、ツバキ類等であった。これらの常緑広葉樹林を総称して「照葉樹林」という。
 太古の昔、照葉樹林帯は中央アジアのヒマラヤ山脈麓(現ブータン)を起点として中国南西部を経て日本に至るまで、ベルト状に分布していた。照葉樹林帯の各地周辺では、よく似た食文化、農業、風習、宗教、伝説が今に伝えられている。
 同根の文化圏が時空と場所を越えて発生していたのである。たとえば、ヤムイモやタロイモ、アワ・ヒエ・イネなどのモチ種、そしてナットウなど、数多くのネバネバした食品を好む性質、茶やシソの栽培、麹から作る酒、養蚕、漆器文化などである。
 照葉樹林は、温暖で雨に富む湿潤地帯にのみ発生し、森林の蘇生力が非常に強い。つまり、いくら樹を切っても自然の状態にもどせば砂漠化せず、やがて常緑の森林にもどってしまうのだ。
●東北日本の源流たるナラ林文化
 一方、日本の北半分はナラ、ブナ、クリ、カエデ、シナノキなどの温帯落葉広葉樹林に覆われていた。南方に連なる照葉樹林文化に比して、朝鮮半島から東アジア一体に連なる温帯落葉広葉樹林帯の文化を「ナラ林文化」と名付けたのも中尾佐助氏であった。
 ナラ林文化の特徴は、照葉樹林帯よりも食料資源が豊富であったことだ。砕けば食べられる堅果が大量に落ち、日光照射もあるため森の下草である植物種も豊富である。そこには当然狩猟対象となる動物も多い。
 堅果類(クリ・クルミ・トチ・ドングリ)、球根類(ウバユリなど)の採集。トナカイ、熊、鹿、海獣の狩猟。そして、川にのぼって来るサケ・マスの漁撈。これらの狩猟・採集文化により、一定の人口までは充分に生活出来たのである。
縄文時代の人びとが、大陸や南方で長い時間を掛けて、それぞれ照葉樹林帯や落葉樹林帯などの気候に適応し、一度その気候に適応すると、その気候帯の移動とともに移動した様子が、日本での縄文文化の遺跡の分布から見て取れます。
考えてみれば、自然環境に適応することは長い時間を要する最重要の課題だったはずですかから、温暖化や寒冷化などの気候の変動があれば、自然とともに移動していくのが当たり前だったのでしょう。


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[1] プロローグ: http://blog.kodai-bunmei.net/blog/2011/03/001209.html

[2] 太平洋に広がる大語族、オーストロネシア語族!!: http://blog.kodai-bunmei.net/blog/2011/03/001212.html

[3] オーストロネシア語族は、なぜ遠洋に拡がったのか?~: http://blog.kodai-bunmei.net/blog/2011/03/001231.html

[4] ポリネシア人が陥った罠、遠洋航海への可能性収束→父権化への道!: http://blog.kodai-bunmei.net/blog/2011/04/001238.html

[5] 沖縄は南九州から始まっている: http://blog.kodai-bunmei.net/blog/2011/04/001239.html

[6] 台湾に残る本源性のルーツとは: http://blog.kodai-bunmei.net/blog/2011/04/001244.html

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[15] Image: http://blog.kodai-bunmei.net/blog/n01-13figure_of_weatherbelt_04end_joumon_age.html

[16] 「東北日本の源流・ナラ林文化vs西南日本の源流・照葉樹林文化」: http://blog.kodai-bunmei.net/blog/2007/07/000261.html

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