2011年5月30日

2011年05月30日

シリーズ「人類の部族移動」その10 海の民の侵略で地中海沿岸の部族共同体は崩壊

 前回は少なくとも3500年前には略奪闘争の玉突きによって、地中海沿岸とメソポタミア・コーカサス地方には略奪部族の支配国家、あるいは山賊・海賊しか存在しない状態になったと考えられるとありました。この略奪集団=海賊は、当時【海の民】と呼ばれていたそうです。
今回のテーマは
【海の民とは一体何者か?】です。

次のような展開で進めます。
好戦性・略奪性が強く、力の原理が強力であったミケーネ文明さえ滅ぼした海の民とはいったい何者か?
その略奪集団が勝てた真の理由「それは略奪以外に飯を食う道がなかったから。」とは?
スパルタ・ローマはどういう国家だったか?
戦争の起源と拡大過程
部族共同体が崩壊して山賊海賊の集まりが3000年前には定着しました。部族という共同性がなくなり国家の統合軸が他国との戦争でしかなくなっていくのです。戦争の起源とその拡大過程です。誤解を恐れずにいうとこれがギリシャ・ローマ文明の背景であり、それまでの国家とまったく違う点です。
245353 2/6なんでや劇場(5) 2900年前、海の民の侵略で地中海沿岸の部族共同体は崩壊  より
まず【資料】
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画像の確認①「■コーカソイドの部族移動」図解ポップアップしてみてください
画像の確認②「■Y染色体亜型の世界的分布」地図ポップアップしてみてください
①好戦性・略奪性が強く、力の原理が強力であったミケーネ文明さえ滅ぼした海の民とはいったい何者か?

そのミケーネ文明も3150年前に滅亡する。その前後に地中海では、印欧語族の一派ラテン人R1bがローマを建て、アナトリアでは3200年前ヒッタイトが滅亡する。その犯人は海の民である。海の民とは何者か?
絶えざる掠奪闘争によって大量に再生産される略奪集団=海賊である。この略奪集団が逃亡奴隷も加えて大勢力に膨張していった。
ミケーネがかき集めてきた奴隷たちは、地中海沿岸の人口の大半を占めていたセム族Jやハム族Eである。ミケーネには奴隷狩りのための戦闘部隊が存在し、奴隷狩りや奴隷の統率のために、セム系の傭兵が使われた。アナトリアで奴隷狩りをしていたヒッタイトも同様である。
まず、過酷な奴隷狩り(略奪闘争)によって逃げ延びた敗者が続々と登場し、彼らが海賊に転じてゆく。これが海の民の正体である。この大量の海賊(海の民)の波状攻撃によってヒッタイトもミケーネも疲弊してゆく。
そうなると、セム系の傭兵部隊が寝返ればヒッタイトもミケーネもお終いであり、その内部でも下克上を狙う者が出てくるのは当然である。ミケーネが内部反乱で滅亡したという説があるが、それは事の本質ではなく、大きく見ればその内部反乱も海の民の度重なる侵略が引き起こしたものであり、ヒッタイトもミケーネも海の民によって滅ぼされたのである。

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以下続く

(さらに…)

投稿者 tennsi21 : 2011年05月30日